リジン脱炭酸反応陰性の腸管出血性大腸菌血清型O111による集団感染事例−愛知県
(Vol. 29 p. 256-257: 2008年9月号)

2006年7月、豊田市内の医療機関からA託児所における腸管出血性大腸菌(EHEC)血清型O111(VT1+、VT2+)による患者1名(1歳)の発生届が豊田市保健所にあり、同保健所において接触者61名(乳幼児26名、職員22名、患者・乳幼児保菌者家族13名)の検便を実施した。

ソルボース加マッコンキー培地からソルボース非分解の集落を釣菌し、triple sugar iron (TSI)培地性状にて斜面・高層部酸産生陽性、ガス産生陽性、硫化水素陰性、リジン脱炭酸反応(以下、リジン)陽性、インドール陽性、インドールピルビン酸(IPA)反応陰性、VP反応陰性、クエン酸利用陰性、オキシダーゼ陰性の一般的な大腸菌性状と一致した菌株の血清型別を行ったが、市販病原大腸菌免疫血清O111には凝集しなかった。そこで、届出患者由来O111株の性状を確認したところ、リジン陰性であったことから、新たにリジン陰性のソルボース非分解大腸菌を検査して接触者4名(乳幼児3名、患者家族1名、すべて非発症)からO111凝集株を見出した。以上のリジン陰性O111大腸菌5株(患者1名および接触者4名由来)はVT1&2遺伝子陽性、および両毒素産生菌であった。

表1に、1998〜2008年に愛知県内で発生した散発性下痢症9事例(患者9名および保菌者2名)に由来するEHEC(血清型O111)11株について、愛知県衛生研究所が実施したリジン脱炭酸の性状等を示した。11株のうち、1998年の4株はすべてリジン陽性であったが、2000〜2008年の7株はすべてリジン陰性であった。

リジン陰性の大腸菌が原因と推定される下痢症の集団発生としては、2002年に兵庫県より腸管毒素原性大腸菌ETEC[O25:H- (non-motile)、腸管毒STh+]の事例1)が、また2004年には宮城県よりEHEC(OUT:H-、VT1+、VT2+)の事例2)についての報告がある。一般にリジン陽性は大腸菌同定における生化学的性状のカギの一つとなっている3)が、腸管組織侵入性大腸菌(EIEC)に占めるリジン陽性株の割合は0% 4,5)である。EIECおよび赤痢菌ではリジン脱炭酸反応制御オペロンcad を欠損6)し、EHECについてはリジン脱炭酸反応産物cadaverineによる接着性減弱を示唆する報告6)がある。実際にリジン陰性のEHECやETECの報告がみられる状況から、EIEC以外による下痢原性大腸菌感染症においてもリジン陰性大腸菌を想定した検査が必要である。また、接触者検便からの釣菌に際しては初発患者株の性状確認が重要と考える。

 参考文献
1)大嶌香保理, 他, IASR 23(12): 317, 2002
2)佐藤由美,他,宮城県保健環境センター年報 23: 51-54, 2005
3)坂崎利一編, 新訂食水系感染症と細菌性食中毒, p. 210-225, 中央法規,2000
4) Silva RM, et al ., J Clin Microbiol 11(5): 441-444, 1980
5)松下 秀,他,感染症誌 56(6): 1160-1163, 1990
6) Alfredo G, et al ., Infect Immun 73(8): 4766-4776, 2005

愛知県衛生研究所
山崎 貢 鈴木匡弘 山本弘明 青木日出美 松本昌門 平松礼司 遠山明人 皆川洋子
豊田市保健所
奥村貴代子 深津知子 高木 茂 酒井高子 角谷 裕 鈴木康元

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る