Streptococcus suis による髄膜炎の一例
(Vol. 29 p. 257-258: 2008年9月号)

はじめに
食肉加工(豚内臓処理)を中心とする業務に従事していた男性に発症した細菌性髄膜炎においてStreptococcus suis が同定されたため報告する。

患者背景
症例は精肉加工業に勤務する68歳の男性で生来健康である。足白癬の治療歴はあったものの特記すべき通院歴はなかった。喫煙歴は20本/日×50年間、飲酒は日本酒2合、ビール大1本、焼酎2杯/日×50年、渡航歴はなし。主たる業務は国内外の豚を中心とする食肉加工(臓器)の処理であった。

臨床経過
業務にあたってはニトリル系のグローブとさらにその上に軍手を装着していた。両手掌に水疱形成を繰り返し認めていた(詳細不明)が、自然治癒していたため放置していた。2008年6月6日業務から帰宅後より全身倦怠感、嘔気を自覚するようになり、翌7日には発熱に加え四肢近位筋の筋力低下を認めるようになった。6月8日には頭痛と両側の難聴を伴うようになったため当院救急外来を受診した。

入院時臨床所見
血圧は128/74mmHgで体温は38.4℃であった。外観に特記すべき所見はなく、手掌に水疱は認められなかった。その他一般身体所見には異常は認められなかった。神経学的には頭痛、四肢の筋掌握痛、項部硬直を認めた。血液生化学検査においてはWBC 12,600/μl、RBC 13.5g/dl、血小板: 5.1万/μl、CRP 35.1mg/dl、血清クレアチニン2.15mg/dlであったが肝機能障害は認められなかった。胸部レントゲン所見に特記すべき異常所見はなく、SpO2は98%であった。血液培養検査からはグラム陽性球菌が検出された。また髄液検査では細胞増多(細胞数 1,190/mm3、多形核球 1,140/mm3)および連鎖性のグラム陽性球菌が観察された。以上から髄膜炎、敗血症、急性腎不全と播種性血管内凝固の合併と診断した。髄液、血液培養検査の報告(外部検査機関に検査委託)は”Streptococcus species”であった。

入院後経過
第1病日よりセフトリアキソン 4g/日、γグロブリン製剤 5g/日(計3日間)、メシル酸ガベキサート 2,000mg/日が開始された。臨床症状は頭痛、頸部痛も改善したが、発熱、炎症所見に変化は認められなかったためテイコプラニンが併用投与された。また腎不全については尿量減少、浮腫、血清クレアチニンの上昇(6.0g/dl)が認められ、急性腎不全に対して血液浄化療法が併用された。感受性検査ではセフトリアキソンも感受性ありとの判定であったが、臨床経過から先の抗菌薬2種併用は効果がないと判断し、治療効果について報告の多いアンピシリンへ変更した。その結果、炎症所見の改善と解熱を認めるようになった。また腎機能についても血清クレアチニン値は 1.1mg/dlまで改善した。起因菌がStreptococcus speciesの髄膜炎としては著しい聴力障害、急性腎不全、播種性血管内凝固など、合併症が重篤かつ特徴的であったため、菌種の詳細な同定を依頼した(国立感染症研究所・細菌第一部)。Streptex(Remel)によるLancefield群別判定、Api 20 Strep(bioMérieux)による生化学的性状判定、S. suis の血清型判定(Statens Serum Institut)、16S rRNA配列決定がなされた結果、起因菌は血液、髄液両検体の両者ともS. suis (血清型2)と診断された。退院時の所見として腎機能障害、感音性難聴および平衡機能障害が残存しており、経過観察が必要であった。本例においては本菌感染と職業との関連が推定されたが、具体的な感染経路は不明であった。また職場において類症は確認されなかった。

考 察
S. suis 感染症はヒト、ブタにおいて、髄膜炎、敗血症を発症させる人獣共通感染症のひとつで、グラム陽性の通性嫌気性菌であり、ブタの扁桃や鼻腔などでの保菌が報告されている。1960年代にヒトへの感染が報告されて以来、世界中で感染例が報告されており、特にアジア地域が多い。2005年に中国四川省における215人の本菌感染が報告されているが、その他の多くの症例報告は単発例であり、ヒト−ヒト感染は確認されていない。ヒトへの感染においては重篤な合併症が発症することが知られており、髄膜炎、敗血症、心内膜炎、関節炎、肺炎を発症させる他、難治性聴力障害、播種性血管内凝固や急性腎不全、急性呼吸促迫症候群、Toxic shock syndrome様病態等が報告されている。

これまでの日本での報告の多くは豚の食肉加工業従事者の感染であり、感染経路は確定していないものの、現時点では食肉の取り扱いが本菌感染における最大のリスクと考えられている。接触感染(特に皮膚の創傷からの感染)が最も有力視されているが、本例においては保健所の調査などからは接触対策はなされていたと考えられ、接触感染対策の見直し、もしくはその他経路の可能性など、S. suis 感染解明の必要性を改めて考えさせられた事例であった。また本例については臨床検査委託業者から具体的菌種の積極的な報告が得られなかったが、その理由として本菌の報告について確証が得られなかったためとの回答であった。今回の事例は本菌の認知度の低さを示唆するものであり、検査体制においても本菌が積極的に報告され、感染症の周知、疫学の解明に役立てられるべきであると考えられた。

さいごに
本事例の菌種同定ならびに診断にあたっては国立感染研究所細菌第一部・常 彬先生、和田昭仁先生、同感染症情報センター・多田有希先生に尽力いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

聖隷横浜病院腎臓高血圧内科
堀 博志 平出 聡 岩崎滋樹
聖隷横浜病院血液内科 日谷明裕

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る