はじめに
Respiratory syncytialウイルス(以下RSV)による急性脳炎あるいは脳症の報告はきわめて稀であり、ウイルス性脳炎の原因としては臨床医にはほとんど認識されていない。これはRSVによる感染は重篤な呼吸器感染が主体で、ウイルス自体の神経親和性が低く中枢神経症状は低酸素に伴うものと認識されているためと考えられる。しかしながら、米国でのRSV入院患者の調査によれば、熱性けいれんや、後にてんかんであったものを除いても、1.8%があきらかに脳症と考えられたと報告されている1)。また、ウイルス同定法の進歩に伴い、髄液からRSVが検出されることや2)、髄液中のサイトカインが上昇することが相次いで報告されてきている3)。一方、Sudden Infant Death Syndrome(SIDS)に関連するウイルスとしても、RSVはインフルエンザ、エンテロウイルス等と並ぶこと、SIDSの季節的発生率はRSVの流行に一致することも知られている4)。こういった乳幼児の突然死に少なからずRS脳炎・脳症が含まれていることも推測される。本稿ではRSVの脳症の自験例を提示し、文献的考察を加える。
RSV脳症の自験例
当科で経験した6症例を提示する(表1)。1症例(症例3)を示す。症例は11カ月女児、主訴は痙攣重積である。現病歴は1月10日発熱、11日全身性強直性痙攣が出現、その後両眼球の右方偏移を一過性に認めた。12日には解熱、14日左半身優位の部分発作が群発し入院となった。髄液にてIL-6の高値を認め、リドカインの持続投与を開始した。リドカインの減量に伴い16日には再び同様の痙攣の群発を認めた。MRI(diffusion)で高信号域を、SPECTで低血流域を右側に認めた(図1)。LAMP法5)により髄液からRSV遺伝子が陽性であった。20日の髄液検査では細胞数が増加していたため、ステロイドパルス療法を3日間行った。以降、痙攣の再燃も認めず、全身状態も良好で第29病日に退院となったが、発達の遅れと脳血流の異常を指摘されている。
これらの6症例のうち4例が男児であり、男児にやや多い傾向を示し、年齢は3歳以下であった。全例痙攣と意識障害をおこし、心肺停止を起こした例もあった。髄液においては細胞数増加、IL-6の増加、RSV遺伝子の陽性などを認め、画像では脳浮腫やSPECTでの脳血流低下といった所見を呈した。またADH分泌異常症候群(SIADH)を疑う低ナトリウム血症を2例に認めた。胸部レントゲンは軽微なものから肺水腫と思われる所見を示す例までさまざまで、呼吸障害が強い症例は1例のみであった。
過去の脳症の報告
Sweetmanらの報告によれば、4年間に964例のRSV感染者小児例が入院し、24例の熱性痙攣ないし、てんかんと考えられる症例を除いても、12例( 1.2%)が急性脳症と考えられ、うち7例は痙攣を伴っていたとしている6)。PICUに入院したRSV感染者の1.8%が痙攣をおこしていたとする報告もある7)。ほとんどの報告は2歳以下で、海外の症例と合わせ神経学的症状としては表2に整理される。RSV脳症は主に痙攣を主体とし、我々の症例3のようにHHE症候群(片側けいれん片麻痺てんかん症候群)と同様の片側性痙攣を主としたRS脳症の報告も少なからず認める。意識障害や内斜視を伴うこともある。痙攣に先行してチアノーゼや哺乳障害などをみることもある。呼吸器症状や発熱は必ずしも認めない。痙攣に関しては低ナトリウム血症を伴っていた症例、痙攣を伴わず、無呼吸や心肺停止をおこしている症例もある。
低ナトリウム血症をともなった痙攣を脳症として検討したが、RSV感染においてHannaらの報告によれば、2年間で、集中治療室に入院した他にriskのない91例中30例(33%)に130mEq/l以下の低ナトリウムを認め、4例で痙攣を認めたとしている8)。また、低ナトリウム血症の原因としては、一過性の副腎不全の可能性は完全に否定はできないが、SIADHが最も考えられる。
一方、我々の症例や過去の由井らの症例9)のように心肺停止に至る症例も存在し、RS脳症が突然死として発見される可能性がある。SIDSとの関連は古くは1978年のScottらの2歳以下の乳幼児の死亡のうち、18%にウイルス感染、うちの約1/3がRSVによるものであったという報告10) や、Urenらの乳幼児の突然死のうち、39%にウイルス感染を認め、21%で呼吸器系ウイルス、17%はRSVであった4)など、SIDSとRSVの関連は以前より報告されている。米国においては年間約2,000例が重症RSVで死亡しているとされている。これらの機序として中枢神経感染から神経原性の肺水腫や心不全をおこす可能性、直接脳幹などへの感染による心肺停止、心筋炎などの機序が推察される。中枢神経系の侵入経路として、重症例において末梢血単核球からウイルスRNA が急性期には検出される11) ことから、中枢神経系に入り込む可能性が考えられる。
RS脳症の病態
ウイルス側からの脳症の発症の病態として、G糖蛋白の変異がおこると中和抗体が働かなくなることが知られているが、in vivo での重症化や脳症との関連は知られておらず、今後の検討課題である。ホスト側としてはRSVのG糖蛋白とCX3C chemokineは分子相同性があることから、CX3C receptor geneのT280Mのpolymorphismと重症化との関連、TLR3、TLR4、IL-8のpolymorphismが重症の入院したRSV感染者に多いことや、慢性肉芽腫症、IFNγreceptorの異常症、幹細胞移植などにおける重症例も報告されているが、中枢神経系の検討はされていない。
文 献
1) Ng YT, et al ., J Child Neurol 16: 105-108, 2001
2) Zlateve KT, et al ., Pediatr Infect Dis J 23: 1065-1066, 2004
3) Otake Y, et al ., Brain Dev 29: 117-120, 2007
4) Uren EC, et al ., Med J Aust 1: 417-419, 1980
5) Ushio M, et al ., J Med Virol 77: 121-127, 2005
6) Sweetman LL, et al ., Pediatr Neurol 32: 307-310, 2005
7) Willson DF, et al ., J Pediatr 143(5 Suppl): S142-149, 2003
8) Hanna S, et al ., Acta Paediatr 92: 430-434, 2003
9)由井郁子,他, 日本小児科学会雑誌 92: 1577-1582, 1988
10)Scott DJ, et al ., Br Med J 2 (6129): 12-13, 1978
11)O'Donnell DR, et al ., J Pediatr 133: 272-274, 1998
東京医科大学小児科 河島尚志