急性呼吸器ウイルス感染症の検査診断法概要
(Vol. 29 p. 277-278: 2008年10月号)

はじめに
急性呼吸器感染症(acute respiratory infections, ARIs)の原因は大半(80%以上)がウイルスであることが知られている。その中でも、従来からRSV(respiratory syncytial virus)は、乳幼児に喘鳴を伴う急性気管支炎や肺炎を引き起こすウイルスとして重要視されてきた。また、エンテロウイルス68型(EV68)、ライノウイルス(RV)ならびにパラインフルエンザウイルス(PIV)もARIsの重要なウイルスとして認識されている。さらに、最近ヒトメタニューモウイルス(hMPV)、ヒトボカウイルス(HBoV)が新たなARIsの原因ウイルスとして発見された。本稿では、これらのウイルスに関する検査診断法の概要を述べる。

検査材料・検査診断法の概要
一般に、呼吸器ウイルスの体内での増殖部位は、鼻腔、咽頭粘膜、気管、細気管支および肺胞である。このため、診断検査材料には急性期の鼻腔(鼻咽頭)ぬぐい液、鼻腔吸引液および鼻腔洗浄液が多用される。適切な検査材料の採取、輸送および保存に留意することが重要である。

ウイルス学的検査診断には、組織・培養細胞によるウイルス分離・同定、遺伝子検査および、抗原検査が主に用いられる。診断検査法の流れをに示す。血清学的検査も場合によっては行われるが、小児では抗体応答が弱いこと、多くの病原体が再感染を起こすことなどから検査結果の評価が困難であることが多い。

・組織・細胞培養によるウイルス分離・同定
ARIsの病原ウイルスの培養には、主にHEp-2細胞、Vero細胞、HEL細胞(ヒト胎児肺繊維芽細胞由来)およびRD細胞(ヒト横紋筋肉腫由来)などが用いられる。本法においては、ウイルスに対する培養細胞の感受性を考慮することと、適切に採取・保存された臨床材料を用いることが特に重要である。一般に、RSV、hMPVやPIVにはHEp-2細胞やVero細胞(特にVeroE6細胞)、RVにはHEL細胞、EV68にはRD細胞などが用いられる。最近発見されたパルボウイルス科に属するHBoVの培養法はまだ確立されていない。検体接種後、ウイルス感染細胞には、特有の形態学的変化(cytopathic effects, CPE)が顕微鏡下で観察されることがある。このような場合は、CPEに基づくウイルスの特定も可能である(例:RSVやhMPVによる合胞体形成)。多くの場合、分離株はさらに血清型(serotype)、遺伝子群(genogroup)および遺伝子型(genotype)の同定が行われる。

・遺伝子検査診断法
他の疾患と同様、ARIsにおいても遺伝子検査診断法が汎用されている。本法によって、迅速かつ特異的な検査診断結果が得られるだけでなく、場合によっては感染源の推定なども可能になる。現在、核酸増幅法(RT-PCRあるいはPCR法)によるウイルス遺伝子増幅・検出、遺伝子増幅産物の塩基配列解析・系統樹解析およびリアルタイムPCR法によるウイルス遺伝子の検出・定量が主な検査診断に用いられている。ウイルス遺伝子の系統樹解析まで行った場合、病原ウイルスの詳細な遺伝子群や遺伝子型を決定することが可能になる。ちなみに、RSV とhMPVは、N(nucleoprotein)遺伝子あるいはF(fusion protein)遺伝子、PIVはHA(hemagglutinin)遺伝子、RVとEV68はVP遺伝子、HBoVに関してはORF1領域が各々のウイルスの検出と解析のための標的遺伝子として有用である。また、既報による多くの方法は、臨床検体および分離株で応用可能である。なお、核酸増幅法によりウイルス遺伝子を増幅する場合、増幅遺伝子産物の実験室内コンタミネーションに留意することも重要である。

・抗原検出
臨床検体からウイルス抗原(RSVなど)を直接検出できる体外診断用医薬品がいくつか開発されている。これらの試薬により、臨床の場において、迅速かつ簡便にウイルス抗原検査が可能となる。その他、患者検体から得られた感染細胞あるいはウイルス感染培養細胞などにおいては、蛍光抗体法によるウイルス抗原検出も可能である。抗原検出は前述した他の検査方法の迅速補助診断として有用である。

おわりに
新しい知見として、上述した呼吸器ウイルスは、気道過敏性の亢進や喘息の発症・増悪にも密接に関与することが明らかになりつつある。ARIsに併発あるいは合併する喘息は“感染喘息”といわれ、寛解しにくい呼吸器疾患として認識されている。今後、これらの疾患の診断や病態解明を進める上でARIs関連ウイルスの検出はますます重要となろう。最後に、本稿ではARIsのウイルス検査診断法のごく一部について概説したが、詳細な検査診断手法などについては病原体診断マニュアル(地方衛生研究所全国協議会・国立感染症研究所編、http://www.nih.go.jp/niid/reference/index.html)あるいは成書や既報等を参照されたい。

国立感染症研究所感染症情報センター 木村博一
国立感染症研究所ウイルス第三部 野田雅博

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