急性気道感染症と呼吸器ウイルス
鼻から肺までの気道におこる急性感染症を総称して急性気道感染症acute respiratory infections(ARIs)という。病因は様々だが、ARIsの95%以上はウイルス感染症である。呼吸器ウイルスは、血清型でみると200種類以上が知られ、さらに近年ヒトメタニューモウイルス(hMPV)など、新たなウイルスが発見されている。軽症なARIsを“かぜ”というが、かぜをひいたことがない人はいない。最も身近であり、また未来永劫なくなることがないことを考えれば、呼吸器ウイルスは最重要ウイルスの1つとさえいえる。しかし実際には、呼吸器ウイルスは、インフルエンザを除き重要視されていないのが現実である。
マイクロプレート法による疫学解析
1980年代半ば、沼崎らは、4種類の細胞を96穴プレートに準備し、多くの呼吸器ウイルスを分離できるマイクロプレート法を考案した。沼崎らは、この方法を地研で応用することを望んでいたため、山形県ではこの方法を導入、独自に細胞を6種類に増やし、Vero細胞をVeroE6細胞に入れ替えるなど改変した。現在のシステムによる2004〜2005年の結果は表1に示したとおりであり、多くのウイルスが年間を通じて分離され、分離率はのべ38%となっている。
難しいパラミクソウイルスの分離
パラミクソウイルスの分離は難しい。RSウイルス(RSV)の分離には新鮮な検体を用いなければならないため、我々は木曜日の細胞接種に合わせ、採取は月〜水としている。その他、パラインフルエンザ(特に1、3型)は細胞変性効果(CPE)を示すことが少なくモルモットの血球凝集試験が必要、hMPVのCPE出現には時間がかかる、など困難は多い。それでも現在はPCR法が普及し、CPEの判別に困った時にはすぐに遺伝子を増幅することができるため、大変助かっている。
パラミクソウイルスの検出状況
RSVは冬に多い、hMPVは春に多い、などといわれているが、すべてがそのとおりというわけではない。今回の特集や山形の2005年のデータを見ても、RSVは夏季にも存在するし、hMPVも2005年はほぼ通年性に山形で分離されている。従って実際のところ、いつ、どのような感染症が流行しているかは随時調査しなければわからない。その意味でも年間を通じて調査を継続することは意義がある。
全国の地研からのインフルエンザおよびパラミクソウイルスの検出状況を概観すると(本号特集 表2およびhttp://idsc.nih.go.jp/iasr/virus/graph/infl02-05.gif、https://nesid3g.mhlw.go.jp/Byogentai/Pdf/data62j.pdf参照)、インフルエンザに比し、パラミクソウイルス検出は少なく、ことにパラインフルエンザは顕著である。このことは、パラミクソウイルスの発生動向調査がわが国における1つの弱点になっていることを示している。さらには、PCR法が普及した現在、多くの地研ではウイルスの分離がなされず、遺伝子検出にとどまっていると聞く。ウイルスを分離、保存しておかなければ、将来、過去に遡ってウイルスを解析することが困難になることは明らかである。現在流行しているウイルスを分離、保存できるのは今しかない。長期にわたり呼吸器ウイルスの疫学調査を実施する上で、パラミクソウイルスの分離・保存を確実に実施することが現在の1つの大きな課題となっているのではないか。
文 献
1)沼崎義夫,薬局 44: 73-77,1993
2) Numazaki Y, et al ., Microbiol Immunol 31: 58-68, 1987
3) Mizuta K, et al ., Jpn J Infect Dis 61: 196-201, 2008
山形県衛生研究所微生物部 水田克巳