2008年6月に菱脳炎(小脳・脳幹脳炎)と診断された患者の便検体から、エンテロウイルス71型(EV71)が分離・同定されたので、以下に報告する。
患者は2歳女児で、2008年6月19日に39.1 ℃の発熱が出現し、傾眠傾向、立位困難、自発運動の低下などが認められたため、第3病日に近医にて入院加療となった。入院当日から夜間睡眠中に四肢のミオクローヌスが頻発し、第5病日に当院に転院した。当院来院時は数歩のみの失調性歩行が可能で、振戦や眼振、断綴性言語などはなかったが、夜間のミオクローヌスは多かった。第10病日には歩行が安定し、第17病日に退院となった。経過中手足口病やヘルパンギーナの所見はなかった。また血圧低下やショック症状はなかった。
当該患者の第5病日に採取された便、髄液および鼻汁検体が当研究所に搬入された。これらの検体をVeroおよびRD-18S (RD)細胞に接種してCPE出現有無の観察を行ったところ、便検体のみの2代目継代7日目頃に、両細胞において弱いCPEの出現が認められ始め、さらに行った両細胞の3代目継代において、エンテロウイルス様の明瞭なCPEが認められたことから、本検体からのウイルス分離陽性と判定した。本分離ウイルスの各細胞に対するウイルス価を測定した結果、Vero細胞では102 TCID50 /0.1 ml、また、RD細胞では104 TCID50/0.1 mlとなったことから、以降の本分離ウイルスの同定試験を、Vero細胞分離ウイルスに対しては遺伝子学的同定法にて、また、RD細胞分離ウイルスに対してはエンテロウイルスプール血清〔エンテロウイルスNT試薬混合D〜O(デンカ生研)およびEP-95〕を用いた中和試験法にて行うことにした。
Vero細胞分離ウイルスについて、EVP2およびOL68-1プライマーを用いたRT-PCRを行った結果、約750bpの特異的フラグメントの増幅が認められたことから、本分離ウイルスはエンテロウイルスであることが明らかとなった。さらに、この特異的増幅フラグメントの塩基配列を解読し、解読可能となったVP4遺伝子領域前後の約400塩基について、BLAST検索(http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)を行ったところ、EV71との相同性が最も高くなった。この結果から、本分離ウイルスはEV71と同定された。また、RD細胞分離ウイルスについて、上記プール血清を用いたウイルス中和試験を行った結果、いずれの血清においても中和試験は成立しなかった。次に、Vero細胞分離ウイルスの上記同定結果を考慮して、抗EV71血清(抗C7-A血清および抗BrCr血清)を用いて中和試験を行ったところ、抗C7-A血清では中和が成立しなかったが、抗BrCr血清では中和が成立したことから、本分離ウイルスはEV71であることが確認された。
EV71は手足口病の原因ウイルスの一つであり、まれに重篤な中枢神経疾患を引き起こすことが知られている。1990年代後半にはマレーシアおよび台湾でのEV71脳炎の流行が報告され1)、また、2008年3〜4月には中国でEV71感染の流行が発生し、20名以上の患者が神経原性肺水腫などの合併症で死亡したとの報告がなされている2)。今回分離されたEV71株のVP4遺伝子の塩基配列についてBLAST検索を行った結果、2008年にシンガポールから報告された株(accession No. EU868611)および2006年にフランスから報告された株(accession No. AM696279)に97%の相同性を示し、また、1999年にオーストラリアおよびイギリスから報告された株に94%、1997年に日本およびマレーシアなどから報告された株に93%の相同性を示した。今後、2008年に中国で流行したEV71株などについても遺伝子情報を入手し、過去流行株との関連性を含めて、本分離EV71株についての遺伝子学的解析を行うとともに、わが国のEV71の発生動向に対して、引き続き注意を要するものと思われた。
文 献
1) 清水博之, IASR 25: 228-229, 2004
2) WHO, Enterovirus, China, Wkly Epidemiol Rec 83: 169-170, 2008
大阪市立環境科学研究所
久保英幸 入谷展弘 改田 厚 後藤 薫
大阪市立総合医療センター
東口卓史 外川正生 塩見正司