今回我々は、本邦2例目のMycoplasma hominis (以下M. hominis )による新生児髄膜炎の一例を経験したのでその概要を報告する。
症 例
患者は生後25日の女児で、38週0日、23歳初産婦である母より正常経膣分娩にて2,850gで出生した。2007(平成19)年5月23日夕方より活気がなく、哺乳力低下、発熱、嘔吐、左上肢痙攣を主訴に同日当院救急外来を受診された。初診時、意識清明で、38.1℃の発熱と軽度頻脈、多呼吸があった。項部硬直は明らかでなく、大泉門は平坦、左上肢の痙攣発作を認めていた。髄液検査結果(細胞数1,880/μl、糖2mg/dl、蛋白306.0mg/dl)より化膿性髄膜炎と診断し、直ちにアンピシリン(ABPC)、セフォタキシム(CTX )という、起因菌不明時に現在推奨されている初期抗菌薬の組み合わせで治療を開始した。また、γグロブリン、デキサメタゾン、グリセオール投与も併用した。血液検査所見ではWBC、PLTの上昇、CRPの軽度上昇を認めていた。髄液塗抹は陰性で、原因菌の推定は困難であったが、入院翌朝の第2病日より解熱し、痙攣はなく、哺乳力良好となり、髄液検査、血液検査で改善傾向にあったことなどから、この時点では現抗菌薬は有効であると考えた。第5病日の夜、38℃の発熱が出現。第6病日、髄液糖の低下、CRPの上昇を認めた。同日、細菌検査室より、第3病日に採取した髄液から血液寒天培地、ブルセラHK培地に微小コロニーを形成するグラム不染性の通性嫌気性の微生物が確認され、Mycoplasma 属と思われる菌が検出された。文献上、髄膜炎の起因菌として知られるM. hominis を疑い、有効性が報告されているシプロフロキサシン(CPFX)、ミノサイクリン(MINO)、クロラムフェニコール(CP)のうち前2剤の追加投与を行った。また、造影CT検査では、髄膜のび漫性増強効果と右大脳半球の広範な低吸収域を認め、髄膜炎の他、脳梗塞の合併が疑われた。ヘルペス脳炎も否定しきれず、アシクロビル(ACV)投与を追加した。第8病日の髄液検査で、蛋白の上昇があり、糖の低値が続いたため、CPの投与を開始し、ABPC、CTXは中止し、また血清HSV IgM陰性と判明したため、ACV投与は中止した。第10病日、国立感染症研究所で、患者髄液検体から分離された菌株が16S rRNA遺伝子分析によりM. hominis であると同定された。第17病日、髄液糖の低値が続き、貧血の進行を認めたため、CP、CPFX投与を中止し、文献上のMICが小さく、髄液移行が良好であるモキシフロキサシン(MFLX)投与を開始した。その後、髄液糖は次第に上昇を認め、第34病日、他の症例報告と比較検討し、MINO、MFLX投与を中止し、第40病日に退院となった。
後日、患者血清による抗体検査および髄液中のM. hominis DNA検査を施行した。Metabolic Inhibition testにおいては、急性期患者血清4倍希釈未満ではM. hominis の増殖阻害活性はみられなかったが、回復期血清では8倍希釈まで活性がみられた。また回復期血清において、抗Mycoplasma orale ウサギ血清では4倍未満、抗M. hominis ウサギ血清では128倍と、M. hominis に対する特異的抗体上昇がみられた。ELISAによる回復期血清の抗体価は、急性期、回復期それぞれ、IgGでは160倍、>2,560倍、IgMでは320倍、>2,560倍であった。以上より、今回の髄膜炎がM. hominis 感染によるものと確定診断された。最後に、Nested-PCRによる髄液からのM. hominis DNA検出を試みたところ、第1、8、14、17、20病日に採取した髄液からはDNAが検出され、27病日の髄液は陰性であった。
今回、新生児に禁忌とされる抗菌薬を比較的長期間にわたって投与したが、現時点で明らかな副作用などは認めていない。経過中広範な脳梗塞の合併が判明し、生後3カ月で上下肢の左不全麻痺を認めたため、退院後よりボイタ法の訓練を開始している。
考 察
新生児M. hominis 髄膜炎は、本邦では1例の症例報告(田村健一ら, 感染症学雑誌 58: 1394-1395, 1984、柱新太郎ら, 小児科臨床 39: 41-45, 1986)があるのみで、非常に稀な疾患である。M. hominis は、Mollicutes 綱Mycoplasma 属の細菌で純培養できる最小の微生物の一つである。健常女性生殖器から80%程度の高率で検出され、在胎週数の短いほど羊水、胎盤などに存在する頻度が高いといわれている(Watts DH, et al ., Obstet Gynecol 79:351-357, 1992)。このため、新生児髄膜炎の原因となる可能性があるが、症例報告は少ない。これまで過去に報告されているM. hominis 中枢神経系感染症の症例において、多くは重篤な合併症を起こしているが、中には自然治癒した症例も含まれている(Hata A, et al ., J Infect 57: 338-343, 2008)。M. hominis 菌のコロニーは極小で発育が遅く、確定診断されずに見逃されている症例が含まれている可能性のあることが推察される。多くの研究では、若年齢の母親と黒人などの早期産のリスク因子とされている婦人により多く保菌しているにもかかわらず、妊娠合併症にはほとんど関連がないとされてきた。しかし近年、早産児の臍帯血の23%にM. hominis またはUreaplasma urealyticum が検出され、Systemic inflammatory response syndrome(SIRS)や気管支肺異形成に関連があるという報告がなされ(Goldenberg RL, et al ., Am J Obstet Gynecol 198: e1-5, 2008)、その見解に見直しが加えられようとしている。
M. hominis に有効な薬剤は限られており、すべて新生児には禁忌とされる抗菌薬であるため、菌の同定なしにempiricに使用することは難しい。さらに、菌の同定が困難なため、ほとんどの症例では発症から有効な抗菌薬投与までに日数を要している。早期に適切な治療が開始できるよう、今後、髄液からの培養同定以外にPCR 法により髄液から直接同定する等の、早期診断法の確立が望まれる。
財団法人田附興風会医学研究所北野病院
小児科 羽田敦子 本田有衣子 中川権史 秦 大資
同臨床検査部 浅田 薫 宇野将一 藤川 潤
大阪府立公衆衛生研究所感染症部細菌課 河原隆二
国立感染症研究所細菌第二部 堀野敦子 佐々木裕子 見理 剛