老人福祉施設におけるレジオネラ集団感染事例−岡山県
(Vol. 29 p. 330-331:2008年12月号)

発生概要
2008年7月、県内の老人福祉施設でレジオネラによる集団感染事例が確認された。当該施設の入所者は99名で、このうち90代の女性が発熱(39℃)、咳嗽、喀痰、肺炎などの症状を呈し、胸部X線写真による陰影およびレジオネラ尿中抗原が陽性を示したことから、7月18日に病院からレジオネラ症の発生届がなされた。さらに、他の入所者のうち15名も発熱、呼吸器症状などを呈し、これら有症者16名中他の90代女性を含む2名および無症状の者2名の計4名がレジオネラ尿中抗原陽性[Legionella pneumophila 血清群(SG)1:Qライン極東レジオネラ]であった。患者喀痰検体については病院でPCR検査を行ったが陰性であり、菌も分離できなかった。

(1)細菌検査
感染源および感染経路究明のため、施設の浴槽水、浴槽のふきとりなどについてレジオネラ検査を実施した。当該施設は使用水に井戸水を利用しており、ポンプで汲み上げられて自動塩素注入装置により塩素剤が添加され、一度受水槽に蓄えられた後に施設内に配水されている。検査は、塩素剤注入前の井戸水(水温21℃)1検体、塩素剤注入後の井戸水1検体、特殊浴槽(ストレッチャーのまま入浴する全面介助入浴用)の湯口から直接採取した浴槽水(井戸水;残留塩素濃度0.2 ppm、水温40℃)1検体、ふきとり(特殊浴槽排水口付近およびシャワーのノズル内部)各1検体、井戸取水ポンプ周辺の土壌1検体の計6検体について、培養法により実施した。検査の結果、井戸取水ポンプ周辺の土壌からL. pneumophila SG8が20cfu/g検出されたが、患者の尿中抗原の血清群とは一致しなかった。他の検体から菌は検出されなかったが、レジオネラが検出された土壌以外の検体についてloop-mediated isothermal amplification (LAMP)法による遺伝子検査を実施した結果、塩素注入前の井戸水が陽性となり、レジオネラによる汚染が示された。

(2)井戸水などの衛生管理
当該施設で使用している井戸水の水質検査(一般細菌、大腸菌)は月1回実施されていたが、特に問題はなかった。井戸水は受水槽の水位が低下すると自動的にポンプが作動して汲み上げられ、塩素注入装置から塩素剤が添加された後に受水槽に送られる。塩素注入装置の管理は業者により行われていたとのことであったが点検記録簿はなく、日常における装置の稼働状況および塩素剤添加後の残留塩素濃度の確認も行われていなかった。各部屋および共用の手洗い場に送られた井戸水を入所者が利用することはほとんど無く、多くは職員が利用していたとのことであった。当該施設に貯湯槽はなく、いずれも給湯器で沸かした湯を直接使用していた。なお、空調は各部屋に設置されているエアコンを使用しており、冷却塔の設備はなかった。

(3)浴槽の使用状況と浴槽等の衛生管理
浴室内には特殊浴槽1つと個別浴槽2つがあり、使用頻度は特殊浴槽が30〜40名/日、個別浴槽は約10名/日で、1日の使用はどちらか一方の浴槽のみであった。入浴は、体を石けんで洗いシャワーで流した後に浴槽に入っていた。使用中は浴槽水の入れ替えはなく、オーバーフロー分を継ぎ足して給湯していた。浴用水は井戸水を給湯器で加温して使用し、循環使用することなく換水は毎日行っていたが、浴槽水の残留塩素濃度の測定や定期的なレジオネラの検査などは実施していなかった。どちらの浴槽も毎日洗浄し、週1回は塩素系洗浄剤を使用して消毒していたとのことであった。また、浴室の床の洗浄は毎日、消毒は週1回行い、浴室の排水口の清掃は月1回行っていたとのことであったが、職員は浴室へ土足で入室していた。自主管理のためのマニュアルや記録簿はなく、衛生管理責任者を置いていなかった。

考 察
疫学調査により、施設には感染源として疑われる貯湯槽や冷却塔の設備はなく、培養法による細菌検査の結果では患者と同一血清群のレジオネラを検出することはできなかったが、遺伝子検査法により塩素剤注入前の井戸水がレジオネラ抗原陽性を示したことから、井戸水が感染源である可能性が示された。入所者が井戸水に触れる機会は手洗い場や入浴時であるが、手洗い場での井戸水の使用はほとんど無かったとのことであった。入浴については、発症者16名中13名は特殊浴槽を使用し、他の3名は個別浴槽を使用していた。レジオネラ陽性者4名は週2回特殊浴槽に入浴しており、2名が同一日の午前中に、他の2名は同一日であるが午前と午後に入浴していた。さらに、レジオネラ陽性者はいずれも入浴の順番が遅かったことなどから、浴槽での感染が疑われた。当該施設では、井戸水の消毒やその管理、また、浴槽などの衛生管理などについても実施状況の確認ができず、衛生管理の徹底と職員の衛生管理に対する意識の向上について指導した。レジオネラ症の再発予防のためには、今後施設に対して継続したレジオネラ対策のための指導・助言が必要であると考える。なお、当該施設では今回の反省から使用水を井戸水から上水道に変更した。一方、特にレジオネラ症では簡便・迅速な尿中抗原検査が主流となっており、患者等の検体から菌分離が行われるケースは少ない状況にあるため、患者発生時のとりわけ集団事例においては感染源究明の有力な手段となる患者分離株を確保するために、治療前あるいは治療早期にレジオネラの分離培養を実施することが重要であると思われる。

岡山県環境保健センター 中嶋 洋 狩屋英明 大畠律子
岡山県東備保健所
山本真司 小林正和 岩藤弘子 後藤幸子 浜 裕志 野山幸子
岡山県岡山保健所 難波 勉 阿部孝一郎

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