はじまり
梅雨がつづく時期、救急当番中に、交通事故で50代男性のトラック運転手が搬送された。脈拍数が148回/分、酸素飽和度がルームエアーで90%であったため、胸部のレントゲンをとったところ、右肺野に浸潤影を認めた。体温が39.6℃であったが、咳や痰は乏しかった。会話は可能であったが、発語が乏しく、尿失禁や歩行困難がみられた。レジオネラ尿中抗原キットにより、レジオネラ症と判明した。痰からは菌は分離されなかった。温泉、24時間風呂、銭湯などの使用や旅行は認めなかった。保健所により周囲の環境調査が行われたが、感染源は不明であった。
自動車からのレジオネラ属菌の検出
トラックの運転による発病を疑い、患者の運転していたトラックのカーエアコンを検査したところ、エバポレーターの拭いから、loop-mediated isothermal amplification(LAMP)法でレジオネラ属菌が検出された。他の車のエバポレーターを調べるため、自動車リサイクル工場で回収された廃車のエバポレーターを調査したところ、22台中11台から同様にLAMP法でレジオネラ属菌が検出された。
アスファルト道路上水たまりからのLegionella pneumophila の分離
カーエアコンは、空気取り込み口から外気を取り込むため、道路上の水たまりを車が通過することに由来するエアロゾルを取り込む可能性がある。そこでアスファルト道路上に形成された水たまり18検体を調査したところ、7検体からL. pneumophila が分離された。7〜10月まで定点的に観測をしても、45検体中16検体(36%)でL. pneumophila が分離された。最高の菌濃度は6,000cfu/100mlに達した。
レジオネラ血清抗体価の測定
自動車の運転がレジオネラ症の危険因子となりうるかを調べるため、運送会社およびその他の会社の健康診断受診者159名についてマイクロプレート凝集法を用いてレジオネラ(L. pneumophila 血清群1〜6)血清抗体価を調べたところ、運転手とそうでない人の間に有意な差はなかったが、カーエアコンを「時々使用する」と答えた人が、それ以外、つまりカーエアコンを「全く使用しない」、「ほとんど使用しない」、「ほぼ毎日使用する」、「毎日使用する」と答えた人よりも抗体価≧1:32の割合が高かった(12%)。
レジオネラ症発生動向調査の分析
1999年4月〜2007年3月の間にレジオネラ症発生動向調査の月別報告数の結果と、月別の気象情報との関係をみた。ここで月別の気象情報は、気象庁から報告されている同期間の気象情報を、都道府県ごとの人口に重みをつけて月別の気象情報を算出したものである。これらの関係は図1
(pdf)のようになり、月別報告数は相対湿度と最も強い相関を示した(Pearson r 0.783、P =0.003)。
考 察
アスファルト道路上の水たまりからL. pneumophila の生菌が容易に検出され、カーエアコンのエバポレーターからレジオネラ属菌のDNAが検出された。カーエアコンを「時々使用する」と答えた人が抗体価の陽性率が高かった。
雨天では走行する自動車とともに水しぶきが発生する。自動車のカーエアコンでは、取り込まれた外気は、エバポレーターを通って吹き出し口から流れてくる構造となっている。エアコンフィルターは通常、エバポレーターよりも外気側であり、エバポレーターと吹き出し口の間にはない。Pinarらは、壊れたカーエアコン漏れ水からの感染が疑われるレジオネラ症症例を報告し1)、Polatらはバスの運転手のL. pneumophila 血清抗体価が有意に高いことを報告した2)。カーエアコンがL. pneumophila の通り道、あるいは貯蔵庫の役割を持つ可能性が考えられる。Simmonsらの調査により、車のエバポレーターに微生物のバイオフィルムが形成されており、L. pneumophila の代表的な寄生宿主の1つとして知られているAcanthamoebaも存在していることがすでにわかっているが3)、L. pneumophila を検出したのは、我々の知る限りこれが最初の報告である。我々の調査でカーエアコンを時々使用すると答えた人で抗体価が高かったのは、L. pneumophila がエバポレーターなどに定着しやすいことを意味するのかもしれない。
Fismanらはレジオネラ症の発症は、発症6〜10日前の相対湿度や降雨量と有意に高い関連を示すことを報告したが、その感染経路については不明なままであった4)。今回、水たまりに多くL. pneumophila が検出された。散在する水たまりからの水しぶきは空気中に拡散しうるが、空気中のL. pneumophila エアロゾルの生存期間は相対湿度に依存することが知られている5)。雨天の日には、地上にも空気中にもL. pneumophila は相対的に多く生息すると考えられる。
今回の調査結果のポイントは、路上の水たまりやカーエアコンが直接的にレジオネラ症を引き起こすことを証明したものではなく、重要なことは、レジオネラ属菌は日常身近に存在し、温泉や循環式風呂などを使用していなくても曝露する機会はある、ということの認識である。
レジオネラ属菌は肺炎の主要な起因菌の1つであり、特にICU管理が必要となるような重症肺炎では、肺炎球菌に続く3大起因菌の1つである。2005年日本呼吸器学会作成の成人市中肺炎診療ガイドラインに入院を要する成人市中肺炎患者へのレジオネラ尿中抗原検査の施行が明示され、尿中抗原キットの普及とともに報告数は急増を示しているが、まだまだ認識は低い。早期治療が死亡のリスクを下げることはすでに明らかである。レジオネラ症の感染リスクは日常にひそんでいる、という認識が大切であろう。
文 献
1) Pinar A, Infect Control Hosp Epidemiol 41:145-147, 2002
2) Polat Y, et al ., Mikrobiyol Bul 41: 211-217, 2007
3) Simmons RB, et al ., Curr Microbiol 39: 141-145, 1999
4) Fisman DN, et al ., J Infect Dis 192: 2066-2073, 2005
5) Hambleton P, et al ., J Hyg Camb 90: 451-460, 1983
総合地球環境学研究所 坂本龍太
東邦大学医学部微生物・感染症学講座 大野 章