インド滞在中に発熱・発疹・関節痛を認め、帰国後も関節痛が持続するため病院を受診し、チクングニヤ熱と確定診断された日本人症例について報告する。
症例の概要
患者は37歳男性、大阪府堺市在住。2008年7月16日にインドへ赴任し、同月26日から39.0℃の発熱、頭痛、全身の関節痛を認め、現地のクリニックを受診した。抗菌薬を処方され服用したが、同日夜間に病状が悪化して他院を受診し入院となった。4日間抗菌薬を内服し、7月29日に解熱した。その翌日から顔以外にまだら模様の発疹が出現したが、数日で軽快し8月1日に退院した。入院中、医師は典型的なチクングニヤ熱であると診断しており、急性期採血での抗チクングニヤウイルス抗体は陰性であった。その後8月8日に帰国し、発熱はみられず食欲もあったが、全身の関節痛が8月中旬より特に強くなったため、9月8日に近医を受診し、精査加療目的にて9月22日大阪市立総合医療センターを受診した。
受診時の主訴は、右手首・左右近位指節間関節・右膝・左足関節に違和感(突っ張るような感じがする)であった。理学的所見は異常なく、体温36.6℃、意識清明、全身の関節には明らかな腫脹・疼痛・変型を認めなかった。血液検査では、9月8日:WBC 11,200/μl、Hb 17.8 g/dl、Plt 25.0万/μl、CRP 0.0 mg/dl、AST/ALT 52/89、9月22日:WBC 9,810/μl、Hb 17.0g/dl、Plt 20.8万/μl、AST/ALT 60/106であった。
ウイルス学的診断
9月22日に採血した血清について、以下のウイルス学的検査を実施した。この症例は発症から2カ月経過しており、チクングニヤ熱のウイルス血症の時期は過ぎていると思われたが、遺伝子検査も実施した。
1.Dengue IgM, IgG-capture ELISA (Panbio製):陰性
2.チクングニヤウイルス特異的プライマー(Chik10294s, 10573c)を用いたRT-PCR法:陰性
3.日本脳炎ウイルス(JaGAr01 株)感染Vero細胞、デングウイルス1, 2, 3, 4型感染Vero細胞、チクングニヤウイルス感染Vero-E6細胞の6種を固定した抗原スライド(自家製)を用いた間接蛍光抗体法:チクングニヤウイルス感染細胞のみ反応し、IgM 20倍、IgG 160倍まで陽性を示した。
4.チクングニヤウイルス中和抗体価測定(50%plaque reduction法):中和抗体価1: 160であった。
5.チクングニヤウイルス特異的IgM-capture ELISA:IgM抗体陽性[P/N ratio=3.88( 2.0以上を陽性と判定)]。
上記の検査結果より、今回の症例は、チクングニヤ熱の輸入症例と確定診断された。本症例の血清学的検査において発症後2カ月を経過してもウイルス特異的IgM 抗体が検出されたことは特記すべき点であり、初感染と診断する診断的有用性は大きい。今後経時的に本症例のウイルス特異的IgM 抗体を測定し、発症後IgM 抗体が検出可能である期間を明らかにする必要があると思われる。
チクングニヤウイルスは、1952年にタンザニアで初めて分離され、アフリカやアジアで流行が認められていたが、2005年コモロ諸島などで大規模な流行が発生した。その後インド洋諸島国に拡大し、インドやスリランカで流行がみられ、現在シンガポール、マレーシア、インドネシアなど、東南アジアでも流行が報告されている。また、2007年イタリア北部でインドからの輸入感染症患者が原因と考えられるチクングニヤ熱が流行し、約300人の患者が発生、死亡例が1例報告された。イタリアにおける本疾患の媒介蚊は、日本にも生息するヒトスジシマカである。
本邦で確認されたチクングニヤ熱輸入症例は、これまで2006年11月にスリランカで感染したと思われる2例のみで、本症例が3例目である。本症例により依然としてわが国への侵入の危険性が存在することが示唆された。
チクングニヤ熱は、現在のところ、わが国では感染症法や検疫法に定められていない疾患であるため、検査可能な機関が少ない。しかし、同じく蚊媒介性疾患のデング熱やウエストナイル熱と症状が類似し、また、流行地域が部分的に重なっており、これら疾患との鑑別診断を適切に行える検査体制を整える必要がある。さらに、輸入症例が認められた場合、迅速な感染防止対策を遂行するためにも、感染症法ならびに検疫法において本疾患の類型化を定め、法的整備が必要だと思われる。
大阪府立公衆衛生研究所 青山幾子 弓指孝博 加瀬哲男 高橋和郎
大阪市立総合医療センター 宇野健司 後藤哲志 片山智香子 中村匡宏 塩見正司
大阪市保健所 仁科展子 齊藤武志 森 登志子 穴瀬文也 吉田英樹
国立感染症研究所ウイルス第一部 高崎智彦 林 昌宏 倉根一郎