インフルエンザ(A/H1N1)オセルタミビル耐性株(H275Y*)の国内発生状況 [第2報]
(Vol. 29 p. 334-339: 2008年12月号)

はじめに
2007年11月頃から、ノイラミニダーゼ(NA)蛋白質の275番目のアミノ酸がヒスチジンからチロシン(H275Y*)に置換し、オセルタミビルに対して強い耐性となるA/H1N1亜型インフルエンザウイルスが、ノルウェーの67%を筆頭に、EU諸国全体では20%以上の高頻度で検出されるようになった1)。このため、WHOグローバルインフルエンザサーベイランスネットワークでは、全世界的なNA阻害剤(NAI)耐性株サーベイランスを強化し、各国における耐性株出現状況を報告するように要請した。これを受けて世界各国から週単位または月単位で情報が寄せられ、それらの集計結果は定期的にWHOのホームページ(HP)に掲載されるようになった2)。2008年4月〜10月現在での世界全体の出現頻度は39%であり、2007年後半〜今年3月までの16%を大きく上回り、南半球諸国を含めて世界的に耐性株が広がり始めている。特に、セネガル、南アフリカではA/H1N1分離株の100%が耐性であり、アフリカ地域全体でも88%が耐性株となっている2)。これら耐性株はオセルタミビルを服用していない患者から分離されており、通常の病原性をもった市中流行株として人々の間に広がっており3)、インフルエンザ対策上大きな問題となっている。

一方、わが国は世界のオセルタミビル生産量の70%以上を臨床現場で使用していることから、市中流行の耐性株に加えて、薬剤の選択圧による耐性株の高頻度出現が危惧され、世界中がわが国における耐性株の発生動向を注目している。このような背景から、国立感染症研究所(感染研)では地方衛生研究所(地研)の協力を得て、2007/08シーズンに国内で分離されたA/H1N1株に対する耐性株緊急サーベイランスを実施することとした。

わが国における緊急サーベイランスの経過報告は、第1報としてIASR 6月号に掲載されているが4)、今回は、それ以降に追加された分離株の解析結果を含む2007/08シーズン分離株の総まとめとして第2報で報告する。

(*)各種論文ではH274Yの表記をしているが、これは、H3N2亜型ウイルスのNA蛋白質のアミノ酸番号をもとにした表記法(N2表記法)であり、H1N1のNA蛋白質の場合は、耐性マーカーのアミノ酸番号はメチオニンから数えて275番目となる。よって、本文では耐性マーカーのアミノ酸番号をH275Yで統一する。

1. 日本国内の耐性株発生状況
今回の耐性株緊急サーベイランスに協力が得られた地研から寄せられた耐性株検出状況を都道府県別に表1 (pdf)に示した(耐性ウイルスの検出法はIASR 6月号第1報の方法の項を参照)4)。総解析数1,734株中45株の耐性株が同定され、国内の耐性株の発生頻度は2.6%であった(表1)。発生頻度を年別に見ると、2007年は331株中1株(0.3%)、2008年は1,403株中44株(3.1%)で、2008年に入ってからの発生頻度が高かった。しかしながら、わが国は世界一のオセルタミビル使用国にもかかわらず、諸外国に比べるとその発生頻度は著しく低かった。

耐性株が分離されたのは本州の10県であったが(図1 pdf)、鳥取県を除いた9県それぞれでの発生頻度は、1.2〜7.3%であった。

一方、鳥取県では68株中22株が耐性株で、発生頻度は32.4%と突出していた(図1)。これら耐性株の発生状況を市町村別に見ると(図2 pdf)、鳥取市を中心とした県東部から1月下旬に多く分離された株は、NA遺伝子系統樹上ハワイ系統(系統樹解析の項参照)に属していたが、2〜3月の分離株は北欧系統に入るものもあり、両系統が混在していた。一方、倉吉市を中心とした県中部からは、2〜3月に耐性株が多く分離され、それらは北欧系統に属していた。このことから鳥取県では県東部、県中部で遺伝的に異なる2つの系統の耐性株が広く流行していたことが示唆された。

鳥取県内でこれほど耐性株が流行していたにもかかわらず、近隣県の発生頻度が高くないのは、当該県での耐性株感染者は低年齢層が多かったため、県を越えた移動が少なかったことが原因のひとつと考えられる。

2. 系統樹解析
2007/08シーズンに流行したA/H1N1インフルエンザウイルスは、NA遺伝子の系統樹上でサブクレード2B(アミノ酸マーカー:H45N、G249K、T287I、K329E、G354D)およびサブクレード2C(アミノ酸マーカー:S82P、M188I、I267M、L367I、V393I、T453I)に分かれる[図3:左上 (pdf)]。国内外の耐性株のほとんどすべては今期ワクチン株のA/ブリスベン/59/2007を含むサブクレード2Bに属していた。サブクレード2B内ではさらに2つの系統に分かれ、D354Gのマーカーを持ち世界中で広く分離されている北欧系統の耐性株と、このマーカーを持たないワクチン株A/ブリスベン/59/2007を含むハワイ系統の耐性株に分けられた。ハワイ系統の耐性株は分離株数から見ると世界的には少数派である。

わが国で分離された耐性株は、ハワイ系統に属するものが多く認められたが、横浜市、鳥取県および岡山県からの耐性株は北欧系統に属するものも検出されている。一方、2007年11月に横浜市で分離された一株(A/横浜/91/2007株)は、サブクレード2Cに属していた。

3. 抗原解析
15株の国内耐性株について、新旧ワクチン株およびその類似株に対するフェレット参照抗血清を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験で抗原解析を実施した結果、国内で分離されたハワイ系統および北欧系統いずれの耐性株も、今季のワクチン株A/ブリスベン/59/2007類似株であった (IASR 6月号、第1報参照) 4)。このことから、これら耐性株に対して、今冬のワクチンは有効であることが示唆された。

4. 薬剤感受性
2007/08シーズンに分離された薬剤感受性株240株(表1:青字)に対するNAI薬剤感受性試験の結果、薬剤感受性株のオセルタミビルに対する50%NA活性阻害濃度(IC50)の平均値は0.09nMであった。一方、国内耐性株のオセルタミビルに対するIC50値は、おおむね30.0nM以上を示し、薬剤感受性株に比べて300倍以上もオセルタミビルに対して感受性が低下していた。これらの耐性株のほとんどすべてはザナミビルに対しては感受性であったが、鳥取県で分離された1株(A/鳥取/44/2008)はオセルタミビル、ザナミビル両方に耐性であった。また、別の1株(A/鳥取/16/2008)は、ザナミビルに耐性であった(表2)。一方、クレード2Cに属する横浜市の分離株(A/横浜/91/2007)は、NAIとは別の作用機序を持つ抗インフルエンザウイルス薬のアマンタジンに対する耐性マーカー(M2タンパク質のS31N)をもち、オセルタミビルとアマンタジンの2剤耐性と考えられた。

5. A/H3N2およびB型インフルエンザウイルスに対するNAI耐性株サーベイランス
感染研ではNAI耐性株サーベイランスとして、A/H3N2およびB型インフルエンザウイルスについても、全長のNA遺伝子解析およびNAI薬剤感受性試験を平行して実施している。表2は、A/H1N1株に加えて2007/08シーズンに国内で分離されたA/H3N2とB型株における耐性株検出状況をまとめたものである。A/H3N2(89株)およびB型(78株)についてはオセルタミビルおよびザナミビルに対して明確な耐性を示す株は見つからなかった。

おわりに
2007/08シーズンA/H1N1分離株に対する今回の薬剤耐性株緊急サーベイランスにより、わが国での耐性株の発生頻度は海外諸国に比べて低く、今のところEU諸国、アフリカ諸国、豪州のような深刻な状態になっていない。また、A/H3N2およびB型インフルエンザウイルスに対する耐性株は確認されておらず、今のところ国内におけるオセルタミビルによるインフルエンザの治療方針に大きな影響はないと思われる。また、今回分離された国内耐性株は今季のワクチン株A/ブリスベン/59/2007に遺伝的にも抗原的にも類似しているため、ワクチンは有効であると考えられる。これに加えて、2株の例外はあるが、耐性株のほとんどすべてはザナミビルに対しては感受性であることから、ザナミビルによる治療も有効である。

これまでも、NA阻害剤耐性株はA/H1N1、A/H3N2およびB型インフルエンザウイルスで低頻度(0.11〜0.68%)ながら見つかってきたが(IASR 6月号、第1報、表1)4)、これらは市中流行株としてヒトからヒトへ伝播拡大することはなく、自然消滅していた。しかし、今回諸外国で見つかっているオセルタミビル耐性株は市中流行株と変わらぬ伝播能力を持ち、国によっては流行の主流になっている。わが国でも、理由は不明であるが、鳥取県で突出して高い発生頻度が観察され、今冬の全国的な流行拡大が心配される。オセルタミビル耐性株は通常の感受性株と比べて臨床症状に違いは認められないが、オセルタミビルを多用しているわが国にとって、耐性株がアマンタジン耐性株のように流行株の主流になった場合は、本薬剤による治療方針に大きな影響をもたらすことになる。臨床現場では、迅速診断キットによってA型またはB型の識別は可能であるが、AH1とAH3亜型の識別は不可能であることから、耐性株を排出している患者にもオセルタミビルを処方することにもなりかねない。このことから、今冬の流行においても、A/H1N1株だけでなくA/H3N2およびB型インフルエンザウイルスを含めた全国レベルでの継続した監視が必要である。

1) http://ecdc.europa.eu/en/Health_topics/influenza/antivirals_graph.aspx (EU、EEA諸国の耐性株発生頻度)
2) http://www.who.int/csr/disease/influenza/h1n1_table/en/index.html (各国の耐性株出現頻度速報)
3) http://www.who.int/csr/disease/influenza/oseltamivir_faqs/en/index.html (H275Y耐性株に関するFAQ)
4) IASR 29: 155-159, 2008 (インフルエンザA/H1N1オセルタミビル耐性株H275Yの国内発生状況 [第1報])

国立感染症研究所ウイルス第三部第一室インフルエンザ薬剤耐性株サーベイランスチーム
製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部ゲノム解析部門・インフルエンザウイルス遺伝子解析チーム
全国地方衛生研究所

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