過去に食中毒を疑った集団胃腸炎事例において、ノロウイルス等の検査のために採取・保管されていた糞便試料を用い、アストロウイルス(AstV)の検索を行ったところ、血清型8型のAstVが分離されたので、その概要について報告する。
AstVの検索を行ったのは、2008年2月および3月に長野県内の同一地区の2施設において採取された従事者糞便とした。これら2事例は、少なくともノロウイルスあるいはサポウイルス、もしくはその両者が関与していたと考えられた(表1)。まず、糞便9検体の乳剤上清からRNAを抽出し、Sakonら 1)の報告したRT-PCR法(プライマーセットAC1/AC230)によるAstV遺伝子の検出を行ったところ、5検体が230bp付近に増幅産物を認めたことから(図1-A、表1)、AstV陽性と判定した。そこで、ウイルス性下痢症診断マニュアル(第3版)2)に準じ、CaCo-2細胞を用いてウイルス分離を行ったところ、いずれも継代第2代までに細胞変性が認められた(表1)。分離株は、Sakamotoら 3)の報告したRT-PCR法(プライマーセットAST-S1〜AST-A8/END)により血清型別を行った結果、5検体とも600bp付近に増幅産物を認めたので、血清型8型と同定した(図1-B)。さらに、検体No.19-48-4、20-1-1および20-1-5から分離されたAstV株は、AST-S8/ENDプライマーセットでPCR増幅し、その増幅されたORF2の3'末端付近の一部領域をダイレクトシークエンス法により、塩基配列の決定をした。3株の塩基配列は100%一致しており、BLAST検索の結果、中国で分離された血清型8型のAstV(accession no. EU091262)と最も高い相同性(98%)が認められた。また、この株を含む血清型8型株を用い系統樹解析を行ったところ、長野県分離株は前述の中国分離株の他に、ハンガリー分離株(HUN-8)あるいはアメリカ分離株(Hu/HAstV_8/2701/1999/OH,USA、Hu/HAstV_8/3383/1999/OH, USA)と近縁であった(図2)。一方、同じ血清型8型であっても、イギリス分離株(hav8001)、南アフリカ分離株(AS20)およびメキシコ分離株(Yuc-8)とは、遺伝学的に離れた位置に存在した(図2)。
AstVは一般的に小児、特に1歳未満の下痢症の原因ウイルスとして知られており、大人から検出されることは稀である 4)。また、過去(1997年以降)の病原微生物検出情報の集計では、分離されるAstVの主な血清型は1型、4型、5型で、8型が検出されたのは今回が初めてのことであった。また、海外においても、分離されたAstVの血清型は1型が最も多く、わが国の成績と同様の傾向を示している 5-8)。血清型8型の検出割合は、Guixら 7)の報告では10.7%と比較的高かったものの、それ以外では0.0%〜2.5%と低率であった 5, 6, 8)。今回分離されたAstV 5株はいずれも分離された場所や時期も似かよっており、また、異なる事例から分離された株のORF2の一部領域の配列が同じであったことから、分離株の由来は同一であった可能性が強く示唆された。さらに、同一由来のAstV株が非常に狭い地区内において、地域的な流行を継続して起こしていた可能性も推察された。AstVが分離された従事者5名中4名は、聞き取り調査の結果、過去1週間遡っても下痢等の胃腸炎症状を認めず、不顕性感染者であったと考えられた。5歳未満の小児においても、不顕性感染者が2.6%存在したとの報告があり 9)、いずれも重要な感染源の一つと考えられた。
AstV血清型8型における疫学的データは非常に少ないことから、今後もその発生動向等に注視する必要があると思われる。
貴重な疫学データ等を提供いただいた、保健所の関係各位に深謝いたします。
文 献
1) Sakon N, et al ., J Med Virol 61: 125-131, 2000
2)ウイルス性下痢症診断マニュアル(第3版), 国立感染症研究所ウイルス第二部・衛生微生物技術協議会レファレンス委員会, 2003
3) Sakamoto T, et al ., J Med Virol 61: 326-331, 2000
4) Bini JC, et al ., Bull Soc Pathol Exot 100: 243-245, 2007
5) Noel JS, et al ., J Clin Microbiol 33: 797-801, 1995
6) Mustafa H, et al ., J Clin Microbiol 38: 1058-1062, 2000
7) Guix S, et al ., J Clin Microbiol 40: 133-139,2002
8) Chun-yan L, et al ., Chin Med J 117: 353-356, 2004
9) Mendez-Toss M, et al ., J Clin Microbiol 42: 151-157, 2004
10) Kageyama T, et al ., J Clin Microbiol 41: 1548-1557, 2003
11) Okada M, et al ., Arch Virol 151: 2503-2509, 2006
長野県環境保全研究所
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