2008年度麻疹血清疫学調査ならびに予防接種率調査―2008年度感染症流行予測調査より速報(2009年1月現在)
(Vol. 30 p. 40-43:2009年2月号)

はじめに
感染症流行予測調査事業は、1962年に伝染病流行予測調査事業(2000年からは感染症流行予測調査事業)として始まった全国規模の血清疫学調査(感受性調査)および病原体保有状況調査(感染源調査)である。実施主体は厚生労働省健康局結核感染症課であり、都道府県、地方衛生研究所、国立感染症研究所がそれに協力している。

麻疹の感受性調査は1978年に開始され、以後1979、1980、1982、1984、1989〜1994(毎年)、1996、1997、2000〜2008(毎年)年度に調査が実施されている。

抗体測定法は1996年に、赤血球凝集抑制(hemagglutination inhibition: HI)法からゼラチン粒子凝集(particle agglutination: PA)法に変更になり、2008年度はPA法になってから11回目の調査である。

本報告は、結果解析可能な最新年度である2008年度調査(北海道、宮城県、山形県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県、東京都、新潟県、石川県、長野県、愛知県、三重県、京都府、大阪府、山口県、香川県、高知県、福岡県、佐賀県、熊本県、宮崎県、沖縄県の23都道府県で調査)について、2009年1月時点の集計より、速報として報告する。

なお、詳細は2009年度発行予定の平成20(2008)年度感染症流行予測調査報告書(厚生労働省健康局結核感染症課、国立感染症研究所感染症情報センター)を参照されたい。

年齢別麻疹ワクチン、麻疹風疹混合(MR)ワクチン、麻疹おたふくかぜ風疹混合(MMR)ワクチン接種率図1
2006年4月から定期接種としてMRワクチンの接種が可能となり、その割合は増加している。また、2006年6月2日から1歳(第1期)と小学校入学前1年間の幼児(5〜6歳)(第2期)に対する2回接種が導入されたことから2回接種者の割合も増加傾向にある。一方、MMR ワクチンは現在国内では使用されていないため、1989〜1993年に定期接種として受けた世代(2008年度調査では17〜20代前半群)以外は、海外での接種と考えられる。

麻疹含有ワクチン(麻疹単抗原ワクチン、MRワクチン、MMRワクチン)を少なくとも1回以上接種した者の割合は、接種歴不明3,381名を除いた4,489名でみると84.4%であった。この割合は、2005年以降大きな変動はないが、接種歴不明者がすべての年齢に存在し、年齢が上昇するにつれてその割合は増加していた。

年齢別の接種率は、0歳は0.5%、1歳は麻疹単抗原ワクチン接種率が10.9%、MRワクチン接種率が50.3%、MMRワクチン接種率が1.0%、2回接種率が3.7%、接種回数不明の1名を含めると66.3%の接種率で、未接種、接種歴不明はそれぞれ15.3%、18.4%であった。2歳では未接種が 2.2%に減少し、麻疹単抗原ワクチン接種率が17.7%、MRワクチン接種率が61.5%、MMRワクチン接種率が0.4%、2回接種率が3.5%、接種回数不明の4名を含めると85.0%の接種率で、12.8%が接種歴不明であった。

2006年度から始まった2回接種の状況を見ると、8歳で23.2%、7歳で50.0%、6歳で52.8%、5歳で18.7%であり、現時点では目標の95%に達していない。

2007年春に発生した思春期〜若年成人を中心とする麻疹の国内流行により、各地で大学や高等学校が休校となり、ワクチンの不足や麻疹抗体測定用のキットが不足するなど、社会的な混乱が発生した。これを受けて、厚生労働省は、2007年12月28日に「麻しんに関する特定感染症予防指針」を告示し、2012年度までに国内から麻疹を排除しその状態を維持することを目標として、2008年4月1日から5年間の時限措置で、中学1年生相当年齢の者(第3期)と高校3年生相当年齢の者(第4期)に2回目の接種を導入した。その結果、2008年度の調査では、12〜13歳、17〜18歳に2回接種者が存在するが、12歳で29.1%、13歳で19.4%、17歳で14.3%、18歳で9.7%とその割合は低い。定期接種として市町村・特別区の公費負担で受けられるのは2009年3月31日までのため、対象者は忘れずに2回目の接種を受けて欲しい。

年齢別麻疹抗体保有率図2
2008年度は23都道府県、合計6,824名で麻疹PA抗体が測定された。調査時期は概ね2008年7月〜9月である。1:16以上の抗体保有率は、0〜5カ月齢が63.0%、6〜11カ月齢が18.7%、1歳が66.1%で、0〜1歳児の抗体保有率は十分とはいえない。一方、2歳になると、抗体保有率は96.3%と急増し、麻疹排除の目標である抗体保有率95%以上が達成されていた。また、6〜7歳の抗体保有率は特に高く、2006年度から始まった2回接種の効果と考えられた。次に、1:256以上の抗体保有率でみると、2008年度から始まった中1、高3相当年齢の者への定期接種の効果により、12〜13歳と17〜18歳で抗体価の上昇が認められた。しかし、抗体保有率95%以上は達成されておらず、2009年3月31日までに対象者への積極的な勧奨が必要である。また、小・中・高・大学生世代には各年齢に10%弱の抗体陰性者が存在した。PA抗体は感度が高いため、抗体陰性者は勿論のこと、低い抗体価では、麻疹ウイルスの曝露をうけると麻疹を発症する可能性があるため、少なくとも1:128以上、できれば1:256以上の抗体保有が求められる。10歳と15歳は特に1:128以上の抗体保有率が69.0%、70.5%と低く、1:256以上の抗体を保有しているのは50%台であることから、今後5年間継続される第3期、第4期の接種に期待したい。20代以上になると、抗体陰性率は低くなるものの、100%の人が抗体陽性であった年齢群はなく、20代に2.2%(1,210名中27名)、30代に2.1%(1,152名中24名)、40代に1.0%(674名中7名)、50代に2.0%(542名中11名)、60代に1.5%(202名中3名)、70代以上に1.7%(60名中1名)の抗体陰性者が存在した。

年度別麻疹抗体(1:128以上)保有率図3
0〜5カ月齢の抗体保有率が年々減少しており、母親からの移行抗体消失が早くなっていることが推察された。一方、5〜7歳は近年では最も抗体保有率が高く、第2期の接種による効果と考えられた。12歳と17歳での上昇は、2008年度から始まった第3期、第4期の効果と考えられた。

予防接種回数別幾何平均抗体価と麻疹抗体保有率図4図5図6
抗体陽性者全体の幾何平均抗体価は28.9(465.3)であった。これを予防接種回数別に、2回以上接種群、1回接種群、未接種群にわけると、それぞれ29.2(590.7)、28.8(439.0)、29.0(497.0)であり、2回以上接種群が最も高かった。

接種回数別年齢別に麻疹抗体保有状況を示す。図4にはワクチン1回接種者の麻疹抗体保有状況を示した。primary vaccine failureと考えられる抗体陰性(1:16未満)者が3.3%存在し、接種後年数の経過とともに抗体が減衰してきたあるいは最初から抗体獲得が不十分であったと考えられる1:16、32、64の低い抗体価の者は全体で11.4%存在した。抗体陰性および低い抗体価の者の割合は、1歳児と10〜19歳群で高い傾向が認められ、それぞれ29.2%、21.4%であった。

図5には、2回接種者の抗体保有状況を示した。調査人数が450名と少ないものの、抗体陰性者は9名で2.0%であった。1:16、32、64の低い抗体価の者は全体で5.1%であった。

図6には、未接種者の抗体保有状況を示した。1〜9歳では76.4%、10代では29.4%が抗体陰性で、近年の麻疹の流行状況では、ワクチン未接種にかかわらず、この年齢まで麻疹罹患を免れる場合があることが推察された。これはすなわち、周りの者がワクチンを受けて発症を予防しているため、未接種者も一緒に麻疹罹患から守られているのである。一方、20歳以上になると、ワクチン未接種かつ抗体陰性者の割合は激減し、418名中4名のみであった。

まとめ
2008年度調査から得られた問題点は、移行抗体の消失時期が早くなっていること、0〜1歳児の抗体保有率が低いこと、9〜19歳に10%弱の抗体陰性者が蓄積していること、ワクチン1回接種者の3.3%がprimary vaccine failureであり、11.4%は発症予防に十分な抗体を保有していなかったこと、特に、1歳と10〜19歳のワクチン1回接種群で抗体不十分な者の割合が多かったことである。一方、2〜8歳の抗体保有率は95%以上を達成し、2008年度に新たに定期接種に導入された第3、4期の世代では、抗体価の上昇が確認されたことは予防接種の成果である。しかし、第3期、第4期の接種率は十分とはいえず、2009年3月31日までにさらなる勧奨が必要である。

国内麻疹排除(elimination)の目標年は2012年であるが、そのためには、すべての年齢コホートで95%以上の抗体保有率が必要とされており、現状では、まだその状況に達していない。特に、小・中・高・大学生世代の抗体保有率が低いことから、行政関係者や医療関係者のみならず、教育関係者とも連携した取り組みが必要と考える。入学時に予防接種証明書を求める大学も出てきており、2008年春に文部科学省から全国の学校に配布された「学校での麻しん対策ガイドライン(国立感染症研究所感染症情報センター作成、文部科学省・厚生労働省監修)」では、各学校の入学時に予防接種歴・罹患歴を確認し、未接種者への接種勧奨ならびに、中1、高3相当年齢の者には、年に3回の接種状況確認と未接種者への接種勧奨を求めている。小・中・高・大学のすべてが入学前に必要回数の予防接種を済ませているかどうかの確認を実施し、未接種者に勧奨することで、接種率上昇に繋がることが期待される。このことは、個人を麻疹発症から守るだけでなく、学校での麻疹集団発生の予防につながる。移行抗体の消失も年々早くなってきており、国内から麻疹が排除されることがひいては0歳児を麻疹発症から守ることにもつながる。本調査は麻疹排除の確認に必要である年齢コホートごとの抗体保有率が明らかとなることに加えて、予防接種の効果を見る意味においても極めて重要であり、一層の強化が求められる。「たかがはしか」とあなどることなく、麻疹は命にかかわる感染症であることを国民1人1人が認識し、2012年の国内麻疹排除に向けて一丸となって取り組みたい。

本事業は、厚生労働省結核感染症課および都道府県、地方衛生研究所、保健所との共同による。

国立感染症研究所感染症情報センター
多屋馨子 佐藤 弘 北本理恵 岡部信彦
2008年度感染症流行予測調査事業麻疹感受性調査担当
北海道、宮城県、山形県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県、東京都、新潟県、石川県、
長野県、愛知県、三重県、京都府、大阪府、山口県、香川県、高知県、福岡県、佐賀県、
熊本県、宮崎県、沖縄県および各都道府県衛生研究所

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