「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に基づく届出基準の改正により、2008(平成20)年1月1日より麻しんおよび風しんは全数届出疾病となった。また、2007(平成19)年12月28日に告示された「麻しんに関する特定感染症予防指針」では、麻しんが一定数以下になった場合、原則、全数検査診断を行うこととし、麻しん検査診断体制の強化を盛り込んでいる。麻しん検査診断の必要性は下記の理由による。
1)麻しんは感染力の非常に強い感染症であり、迅速かつ正確に感染者を把握することが感染の拡大阻止、さらには社会的混乱を最少にすることに有効である。
2)臨床症状だけでは診断が困難な修飾麻疹が増加している。
3)日本が所属する世界保健機関(WHO)西太平洋事務局(WPRO)では、2012年までに西太平洋地域からの麻しん排除を目標としている。WHO・WPROの定めた麻しん排除の評価基準には、年間人口100万人当たり、確定麻しん症例数が1未満であること、95%以上の予防接種率により国民の95%以上が麻しんに対する免疫を維持していること等とともに、麻しん検査診断による精度の高い麻しんサーベイランス体制の確立をあげている。
4)麻しん検査診断により得られるウイルス遺伝子を解析することによって、ウイルスの由来、移動コース等のトレースが可能になり、感染源の同定、あるいは海外からの輸入例か否かの判断ができる。
しかし、日本の現状は麻しん診断の60%以上が臨床診断であり、麻しん検査診断の必要性は必ずしも共有されていない。そこで、医療機関等、保健所、地方衛生研究所(地研)ならびに国立感染症研究所(感染研)を結んだネットワークを構築し、検査診断体制を強化することとなった。
麻しん・風しんレファレンスセンターの設置
2008(平成20)年6月24〜25日に行われた衛生微生物技術協議会第29回研究会・レファレンス委員会において、地研、感染研による麻しん、風しん検査診断体制を強化するために麻しん・風しんレファレンスセンターの設置が承認された。感染研ウイルス第三部が世話役となり、北海道、東北、関東・甲・信・静、東海、北陸、近畿、中国・四国、九州、ならびに沖縄の9地区から、麻しん・風しんレファレンス活動にご理解をいただいた地研にレファレンスセンターを依頼した(表1)。
感染研、レファレンスセンター、地研の役割
感染研:麻しん、風しん検査診断の標準的な方法の確立、検査等に必要な標準品の準備・配布、研修、精度管理、ならびに情報管理を行い、正確な感染情報の把握とともに、厚生労働省、WHOへの報告等を行う。必要に応じて地研、レファレンスセンターをバックアップする。
レファレンスセンター:感染研からの情報、標準品等を地区内の地研へ配布する。また、検査診断についての助言等を行う。地区内の地研へ集められた血清、血漿検体を用いて麻しんIgM抗体測定を行う。また、必要に応じて地区内の地研をバックアップする。
地研:入手した検体でH遺伝子RT-PCR法を中心とした麻しん検査診断を実施する。また陽性の場合、N遺伝子450塩基の塩基配列を決定し、genotype解析を行う。
麻疹検査マニュアルの改訂点、およびRT-PCR法の感度の比較
検査マニュアル第2版では主にRT-PCR法を改訂した。最近の流行株の情報を取り入れ、プライマーの配列の一部を変更し(増幅部位は第1版と同じ)、反応時間を大幅に短縮した方法を標準法とした。この方法では、逆転写反応にランダムヘキサマーを使用しているので、合成されたcDNAはN遺伝子検出系、H遺伝子検出系の両方に使用できる。また、実験室内コンタミネーションの可能性を最少にするために、PCR反応には、あらかじめチューブに反応液が分注されているPerfectShotTM Ex Taq kit (TaKaRa)を推奨した。RT-PCR法の改訂にあたり、感染研とレファレンスセンターで感度の評価を行ったところ、H遺伝子検出系がN遺伝子検出系より優れていることが確認された。
麻しん検査診断法
医療機関等から連絡を受けた保健所は、血液、咽頭ぬぐい液、尿を原則とする検体採取を依頼し、検体を地研に届ける。地研においては、H遺伝子検出用RT-PCRを第一選択として速やかに麻しん検査診断を実施する。得られた結果は早急に保健所に報告する。さらに陽性だった場合、N遺伝子検出用RT-PCRを実施して、麻しんウイルスゲノム上の、1233〜1682位の450塩基の塩基配列を決定し、genotype解析を実施する。なお、RT-PCR実施時には感染研が配布したレファレンスRNAを陽性コントロールとして用いる。塩基配列の決定、genotype解析は各地研の担当とするが、困難だった場合はレファレンスセンター、感染研が実施することもある。また、可能な限り、並行して咽頭ぬぐい液、末梢リンパ球等からウイルス分離を実施し、より確実な診断を行う。一方、血液サンプルが採取された場合、血液から分離された血漿、または血清を各地区のレファレンスセンターに送り、そこで麻しんIgM抗体測定を行う(図1、図2)。
問題点
医療機関において、麻しん検査診断の必要性があまり認識されていない場合があり、検体採取のタイミングを逸することがある。医療関係者に、たとえ典型例であっても麻しん検査による確定診断をするという認識を行き渡らせることが重要である。また、WHOでは現在、麻しんの標準検査診断法として麻しんIgM抗体測定法を推奨している。しかし、IgM抗体測定は、麻しんの発症初期検体においてはRT-PCR法より感度が劣る傾向があること、まれにサイトメガロウイルス、EBウイルス、パルボウイルスB19等の感染によるIgM抗体を交差検出することがあること、咽頭ぬぐい液と比較して血液採取が困難なこと、地研ではRT-PCR法がより一般的な検査手段として用いられていること等を理由に、日本の標準法としてRT-PCR法を採用した。今後、RT-PCR法の合理性、優位性を示す必要がある。また、今後、風しん検査診断体制も検討する必要がある。
参考文献
Measles Bulletin, issue 13, Sept 2007, WHO, WPRO,
http://www.wpro.who.int/NR/rdonlyres/7BE6353C-7D82-4368-A300-57DB3F38148D/0/MeasBulletinIssue13.pdf
麻疹検査マニュアル第2版
http://www.nih.go.jp/niid/reference/measle-manual-2.pdf
国立感染症研究所ウイルス第三部 駒瀬勝啓
国立感染症研究所感染症情報センター 木村博一
麻しん・風しんレファレンスセンター
長野秀樹 岡野素彦 青木洋子 小川知子 皆川洋子 倉本早苗 加瀬哲男 小倉 肇 千々和勝己 平良勝也
堺市衛生研究所 田中智之