点滴を原因とするセラチア菌院内感染事例
(Vol. 30 p. 53-54: 2009年2月号)

2008年6月9日A総合病院から、B診療所で点滴を受け高熱、震えなどの症状を呈する患者が複数いると伊賀保健所に連絡があった。保健所の調査で、5月下旬からB診療所を受診し点滴治療を行った患者のうち、29名が体調不良により他の医療機関を受診し、うち1名が自宅で死亡したことが判明した。保健所より依頼があり、表1に示す182検体を当研究所で検査した。腸内細菌科に属する細菌の検出は、DHL寒天培地およびドリガルスキー改良培地で分離し、API20およびAPI50CHを用いて同定した。その結果、使用済み点滴パック7検体、血液1検体および消毒綿1検体からSerratia liquefaciens を検出した。未使用の生理食塩水(生食)、点滴添加剤、添加剤入り生食は、7日間増菌を行ったものの、菌の発育は認められなかった。また、S. liquefaciens を検出した消毒綿が入っていた容器の液中の一般細菌数は105/mlであった。当所で検出したS. liquefaciens 9株とAおよびC総合病院で患者血液から分離した6株をパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)および1濃度ディスク法による薬剤感受性試験に付したところ、制限酵素Spe Iで処理したDNAのPFGEパターン(図1)がすべて一致し、使用した13薬剤にすべての菌株が感受性を示した(使用薬剤:CTX、CAZ、CNNX、FMOX、LMOX、AZT、IPM、MEPM、AMK、ABK、GM、CPFX、LVFX)。なお、未使用の生食および点滴添加剤については、エンドトキシン試験をはじめ第15改正日本薬局方に定める医薬品規格試験にすべて適合していた。

本事例では、患者のアルコールかぶれ対策のため、グルコン酸クロルヘキシジンを通常使用濃度の20〜50倍薄い希釈液で使用していた。そのため衛生的であるべき消毒綿が、細菌に高濃度に汚染されており、そこから点滴液が調製時に汚染されたことが疑われた。B診療所では、業務の忙しさから点滴液の作り置きが常態化していた。さらに点滴液の調製記録、使用記録もなく、余った点滴液を翌日以降に使用していたことが明らかにされている。B診療所院長は、点滴中の患者を他の医療機関へ救急搬送したとの職員報告、A総合病院医師からの助言があったにもかかわらず、点滴患者への安否確認、保健所への連絡、専門家への事案に関する相談をすることがなく、医療に対する責任感、危機管理意識が希薄であった。保健所では(1)医療の安全確保のための体制確立、(2)院内感染再発防止のための体制整備、(3)医療法を遵守し、医療の安全が確保される診療所体制の確立に向けた改善計画の策定、を指導した。B診療所から提出された改善報告書に基づき再発防止の処置がされていることを確認し、2008(平成20)年10月22日、4カ月以上の診療自粛要請が解除された。残念ながら過去に発生した院内感染事例の教訓が生かされておらず、衛生行政機関としてもさらなる啓発が必要であると思われた。三重県では保健所検査室の集中化と機器整備を進め、現在は津保健福祉事務所総合検査室がノロウイルスを含む一般的な食中毒および3類感染症の微生物検査を実施している。今回の事例では、理化学的検査にも対応するために検査を当研究所が担当することになり、微生物検査で使用する培地をはじめとする試薬類の多くを緊急に手配する必要があった。幸い今回は培地メーカー、ディーラーの協力により支障をきたさなかったが、原因微生物によっては検査に要する充分な試薬が常に準備できるとは限らず、今後その対策を講じる必要がある。

三重県健康福祉部 西口 裕 庄司 正 寺井謙二 永田克行
三重県保健環境研究所
大熊和行 田沼正路 岩出義人 山中葉子 赤地重宏 矢野拓弥 前田千恵 永井佑樹 志村恭子

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