破傷風の病原体診断に至った一症例
(Vol. 30 p. 69-70: 2009年3月号)

破傷風は、破傷風菌(Clostridium tetani )が産生する毒素により強直性痙攣などを引き起こす致死率の高い感染症である。年間100例前後の報告があるが、その診断は臨床症状や外傷の既往などからされることが多く、感染部位からC. tetani を分離して病原体診断を実施した症例報告は少ない。

今回、患者の感染部位からC. tetani を分離し、破傷風毒素産生の確認により病原体診断に至ったので報告する。

症例:71歳、男性。既往歴は高血圧、糖尿病、高脂血症。2008年4月22日起床時より開口障害、発音障害を自覚し近医受診、顔面神経麻痺の疑いで当院を紹介受診した。

顔面神経麻痺、脳出血、梗塞などの脳疾患、顎関節症などはすべて否定的、体温36.5℃、血圧140/93mmHg、WBC 101,000/μl、CRP 1.0mg/dlであった。受診1週間前の2008年4月15日、農作業中に石で右手中指を受傷骨折し、近医にて消毒、縫合処置されており、臨床所見から破傷風が最も疑われた。

ICUに即日入院し、速やかに抗破傷風人免疫グロブリンおよびペニシリン系抗菌薬(sulbactam/ampicilin)の点滴静注を開始した。右手中指創部は排膿・洗浄を行い、同時に細菌培養検査を行った。受診時の症状は開口障害のみであったが、同日夕より発語困難、開眼困難、頸部硬直も認めてきたため注射用チオペンタールナトリウムによる鎮静のもと気管内挿管による人工呼吸管理が開始された。入院11病日目には注射用チオペンタールナトリウムによる鎮静が困難になってきたため、Mgの使用を開始し鎮静剤をプロポフォール注射液に変更し、第74病日目に軽快退院となる。

病原体診断:右手中指腫脹部の膿を、グラム染色による塗抹鏡検を行ったが、C. tetani を疑う太鼓バチ状の桿菌は見られなかった。好気性培養およびHK半流動生培地で増菌培養を実施した。好気性培養では、Serratia およびAeromonas が分離された。増菌したHK半流動生培地からのグラム染色による塗抹鏡検では、グラム陰性ではあったがC. tetani を疑う端在性芽胞菌が観察された。そこで、C. tetani の分離を目指した。HK半流動生培地を使用して35℃、72時間増菌して得られた菌を80℃、20分加熱処理後、ヒツジ血液寒天培地の端に接種し24時間嫌気的に培養した結果、特徴的な縮毛状の遊走が見られた。その遊走部先端の塗抹鏡検で束状の長いグラム陽性の桿菌を確認し、純培養を行った。この純培養菌を好気性培養したが発育しなかったことから、分離された菌が偏性嫌気性菌であることを確認した。

破傷風毒素産生の確認試験の結果は次のとおりであった。1)分離菌のマウス毒素原性試験:2匹のマウスに患者分離菌をクックドミート培地で72〜144時間培養した培養上清を投与した結果、破傷風毒素特異的な症状を確認した。2)分離菌のクックドミート培地20時間培養液について、DNAを抽出し、破傷風毒素特異的primerを用いた毒素遺伝子の検出結果で、破傷風毒素遺伝子を確認した。これらの結果より分離された菌は毒素産生性のC. tetani と確定した。

考察:破傷風患者の感染部位からの培養では複数菌が分離されることが多い。今回の症例も同様に好気性培養ではSerratia およびAeromonas が分離され、嫌気性培養ではC. tetani 以外に遊走性のある他のClostridium が混在し分離に苦慮した。しかし、菌の分離と毒素の検出がされれば、より診断が確実となる。そのためには、臨床からの情報や検体採取時期はたいへん重要と思われる。

また、破傷風はワクチン最終接種から10年前後にはその抗体価が防御レベル以下まで降下するといわれ(CDC recommendation)、成人にも破傷風トキソイドワクチンの接種をしておくことが望ましいと思われる。

大津赤十字病院・検査部 木田兼以 橋口 篤 中尾登志栄
・救急部 永田 靖 中山勝利 松原峰生
国立感染症研究所・細菌第二部 山本明彦 高橋元秀
今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る