1.注射薬物使用者の破傷風(英国)
英国では、破傷風は高齢者などに限られた稀な疾患であった。しかし2003年以来、それまでみられなかった薬物常用者間での広がりがみられている。
2003年6月〜2004年9月の間に、注射薬物使用者の破傷風25例がみられ、うち2人が死亡した。患者の男女比は半々、年齢は20〜53歳、予防接種歴が不十分、抗体価が低い、注射部位に感染が認められるなどの特徴が認められた。
発生時期が集中しているにもかかわらず、地理的には集中していないことから、ヘロインが破傷風菌芽胞で汚染されていた可能性が考えられている。
注射薬物は破傷風に限らず、Clostridium 感染の危険因子であり、常用者に対する教育が必要である。
(Hahne SJM, et al ., Emerg Infect Dis 12: 709-710, 2006)
オランダでは2004年現在1症例のみである。
[Vermeer-de Bonde, et al ., EuroSurveill. 2004; 8(19): pii=2458, http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=2458]
2.米国における破傷風患者数の推移
CDCから毎年公開されている“Summary of Notifiable Diseases”によれば、最近の米国における破傷風の発生状況は、1995年には40症例、その後2001年までは年間35〜48症例であったが、2002年には25症例、2003年には20症例となっている。また致死率については、1947年には95%を示していたが、1998〜2000年の間で見ると、致死率18%、3年間で死亡者数20人となっている。注射薬物使用者については、英国より以前から問題であり、注射薬物(ブラックタールヘロイン)が原因とみられるボツリヌスも問題となった。
(http://www.cdc.gov/mmwr/summary.html)
3.小児の破傷風(キプロス)
患者は6歳男児、足首に外傷を負い近医で治療されたが、トキソイド・抗毒素の投与は行われなかった。2週間後に開口障害がみられたが、誤診の末最終的に破傷風と診断され、首都の病院に来院。後弓反張、光に対する嫌悪、呼吸停止、チアノーゼを示した。抗破傷風人免疫グロブリン、抗菌薬およびジアゼパムの投与、遮音暗室での管理により回復し退院した。患者の両親が予防接種を嫌ったためワクチン歴はなかった。
欧米先進各国ではワクチン未接種の主な要因は親のワクチン忌避であり、未接種児は少ない。小児の破傷風は極めて稀な疾患で、小児科医が患児に接する機会は極めて限られているが、依然として致死率の高い疾患であるため、正しい診断が望まれる。
[Koliou, et al ., EuroSurveill. 2007; 12(6): pii=3136, http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=3136]
イタリアでもワクチン忌避による破傷風罹患例あり。
[Giovanetti, et al ., EuroSurveill. 2007; 12(25): pii=3223, http://www.eurosurveillance.org/ViewArticle.aspx?ArticleId=3223]
4.WHOの新生児破傷風排除プログラム
新生児破傷風は、分娩時の不十分な衛生のために新生児が罹患する破傷風であり、世界の破傷風死亡例の多くを占めている。
WHOは、1988年の新生児破傷風による死亡数は世界で787,000人と推計し、翌年、新生児破傷風を1995年までに排除することを宣言した。進行の遅れのため計画は変更され、新たに母親の破傷風も対象に加えて2005年を目標とした。
2004年の推計による死亡数は128,000人であり、計画は成果をあげているが、2008年現在、46の国が依然として新生児破傷風未排除とされている。
[Maternal and Neonatal Tetanus(MNT) elimination; http://www.who.int/immunization_monitoring/diseases/MNTE_initiative/en/index.html]
中国においても症例数は減少しているが、2001年には少なくとも2,800例が報告されており、特に、経済的に豊かでない地域で発生が報告されている。
(Chai, et al ., International Journal of Epidemiology 33: 551-557, 2004)
一方、排除に成功した例としてベトナムがあげられる。
(http://www.unicef.org/media/media_31344.html)
5.ニワトリにつつかれたことに起因する頭頚部破傷風(トルコ)
患者は60歳女性。開口障害、嚥下障害を訴え来院。ワクチン歴なし。来院の10日前に目の下の皮膚をニワトリにつつかれたが治療せず。トキソイド、ウマ抗毒素、ジアゼパムの投与と遮光管理により回復。
(Kara, et al ., Scand J Infect Dis 34: 64-66, 2002)
なお、頭頚部破傷風においては局所の麻痺が開口障害に先行することがある。
(Yanagi, et al ., Anesth Analg 83: 423-424, 1996)
6.韓国における成人破傷風
韓国において破傷風は稀な疾患となっているが、2000年3月〜2001年11月までの21カ月間に、ある大学病院で成人破傷風17例がみられた。その70%が女性、平均年齢は63歳(29〜87歳)、88%がワクチン歴なし、ほとんどが外傷後治療を受けず、破傷風の予防措置がとられていなかった。発症時に破傷風と診断されたものはわずか53%で、致死率は23.5%であった。近年韓国においては、特に高齢者、抗体価の低い女性、農業従事者の破傷風が注目される。
(Shin, et al ., J Korean Med Sci 18: 11-16, 2003)
7.破傷風をボツリヌス毒素で治療する
破傷風毒素とボツリヌス毒素はともに強力な神経毒素であり、どちらも神経伝達物質の放出を阻害するが、標的となる神経が異なるため、症状は正反対である(破傷風は強直性の痙攣、ボツリヌスは弛緩性の麻痺)。破傷風毒素によって侵された神経をボツリヌス毒素が修復するとは考えにくいが、近年になって、ボツリヌス毒素による破傷風治療の報告が3例発表されており、その1例(英国)を紹介する。
患者は28歳の注射薬物使用者。開口障害とそれに続く広範な痙攣を訴え来院。破傷風と診断され、抗破傷風人免疫グロブリンの投与、呼吸管理により徐々に回復。しかし肘とくるぶしの動きにくさを訴える。そこで上腕とふくらはぎにボツリヌス毒素を投与したところ、翌日までにくるぶしが自由に動くようになり、2週間後には肘の動きも自由になった。副作用は認められなかった。破傷風患者の半分以上に、長期間の筋緊張のため関節の変形がみられるとされており、ボツリヌス毒素による治療は、このような後遺症を防ぐのに役立つ可能性があると筆者らは結んでいる。
(Gaber and Mannemela, J Royal Soc Med 98: 63, 2005)
国立感染症研究所細菌第二部 岩城正昭