病院で発生した腸管出血性大腸菌O111による集団感染事例―長崎市
(Vol. 30 p. 76-77: 2009年3月号)

2008年6月に長崎市内の医療機関において、腸管出血性大腸菌(EHEC)O111による集団感染事例が発生したので、その概要を報告する。

概要:2008年6月13日、市内の医療機関から同機関の職員6名が、下痢・血便等の症状を呈し、入院させている旨の届出があった。長崎市保健所の調査の結果、病院Aおよび病院Aと同一法人が経営する併設された病院Bの両施設において、6月9日から職員等が腹痛・下痢・血便等の症状を呈していることが判明し、6月21日には有症者の総数が67名に及んだ(表1図1)。

当所で行った細菌学的検査の結果、両施設の職員からEHEC O111 (VT1&2)が検出された。

両施設は、1つの厨房と職員食堂を共有し、厨房で患者と職員の給食 1,200食を調製後、職員分を職員食堂で盛り付けている。職員は、当日の昼食のメニューに加え、前日に調理したメニューに余剰分があれば、これを再加熱したものの中から自分で取り分けるというバイキング方式で摂食していた。

探知当初、発症者が職員のみで入院患者からの発症者がなく、その後の喫食・疫学調査から、感染源として、6月7日に職員食堂で提供された給食(282食)などの食品が疑われた。

感染拡大防止策として、14日から職員食堂の利用を停止し、保健所の指導の下、発症者の管理および施設内の衛生管理を徹底するとともに、外部機関に本発生の制御・検討を依頼し、対策に努めた結果、6月21日発症の患者をもって終発となった。

検査:当所において、調理従事者全員、有症の医療スタッフおよびデイケア患者、スクリーニングでVT産生遺伝子が検出された者の家族等、接触者の糞便合計222検体、厨房等ふきとり22検体および検食等食品47検体を検査した。スクリーニング検査として、増菌培養液を用い、リアルタイムPCRによるVT産生遺伝子の検索を行った。有症者は分離培養を並行して行い、無症者はVT産生遺伝子が陽性となった増菌液のみ分離培養した。

その結果、有症者67名のうち、調理従事者6名を含む職員29名および無症状の調理従事者3名からO111:H-(VT1&2)を検出した。職員以外の患者および家族等接触者からは、症状を訴えた者もいたが、O111は検出されなかった。検食等食品および厨房ふきとりのうち、原因として疑われた6月7日の検食1検体とふきとり1検体がVT陽性であったが、O111は分離できなかった(表2)。

分離されたEHEC O111株のうち10株について、パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)を実施した結果、1株が2バンド異なるパターンを示したが、調理従事者を含む9株が同一パターンを示した(図2)。また、15薬剤(ABPC、CEZ、CET、SM、GM、KM、TC、MINO、OFLX、NFLX、NA、CP、CL、FOM、STX)について実施した感受性試験では、全株がほぼ同様なパターンを示し、耐性株は認められず、これらは同一起源であると推察された。

考察:本事件において、2つの施設全体で偏りなく感染者が発生し、その大半が13日までに発症した職員のみにO111が検出されるという疫学的特徴が見られた。職員給食が原因として疑われたが、食品およびふきとり検査から感染経路の特定には至らなかった。また、摂食者数に対して発症者およびO111検出者の割合が少なく、少量の菌による食品・食器具の汚染または散在的な汚染の可能性が示唆された。

このような医療施設におけるバイキング方式による食事の提供は、患者と接する医療スタッフからの取り分け器具や食品への汚染の危険性を考慮する必要があり、また、特にEHECのような少量で感染を引き起こす病原体に対しては、標準的感染予防策の遵守の重要性が認識された事例であった。

長崎市保健環境試験所
島崎裕子 平田泰穂 友清勝彦 飯田國洋 森本コヤノ 江原裕子
長崎市保健所地域保健課
谷 貴子 緒方有紀子 武分和歌子 安富理恵子(現 高齢者すこやか支援課)
長崎市保健所生活衛生課 松下明嗣

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