ニューキノロン耐性チフス菌について
(Vol. 30 p. 93: 2009年4月号)

チフス菌、パラチフスA菌の海外からの輸入事例から薬剤耐性菌が多く分離されている。特にナリジクス酸耐性菌の分離頻度はチフス菌、パラチフスA菌ともに高く、2008年では両菌とも約75%がナリジクス酸耐性菌であった。ナリジクス酸耐性菌に感染した患者の渡航先は、インド、ネパール、バングラデシュ等のインド亜大陸が主である。これらのナリジクス酸耐性菌のほとんどすべては、腸チフス、パラチフス治療での第一選択薬であるニューキノロン系抗菌薬に対して、現在のClinical and Laboratory Standards Instituteの基準ではまだ耐性ではない。しかしながら、ニューキノロン系抗菌薬に対するMIC値がナリジクス酸感受性株の約10倍またはそれ以上であり、ニューキノロン低感受性菌と呼ばれ治療上の問題となっている。

さらに腸チフス、パラチフスにおける現在の問題点は、ニューキノロン耐性菌の出現であり、実際にニューキノロン系抗菌薬に耐性を示すチフス菌が2006年に2株、2007年に1株分離された(表1)。それら3株のファージ型はいずれもUVS4型に分類され、感染した患者の渡航先はすべてインドであった。キノロン耐性決定領域の遺伝子配列を決定したところ、DNAジャイレースGyrAサブユニット遺伝子(gyrA)の249番目のシトシンがチミンに、260番目のグアニンがアデニンに変異していた。またトポイソメラーゼIV ParCサブユニット遺伝子(parC)においても239番目のグアニンがチミンに変異していた。これより、DNAジャイレースGyrAサブユニットでは83番目のセリンがフェニルアラニンに、および87番目のアスパラギン酸がアスパラギンに、トポイソメラーゼIV ParCサブユニットでは80番目のセリンがイソロイシンに変異し、これが原因でニューキノロン系抗菌薬に対する耐性を獲得したと考えられる。また、これらの変異は3株に共通であり、Xba I消化後のパルスフィールド・ゲル電気泳動による分子疫学的解析の結果でも、この3株は極めて類似した特有の泳動パターンを示した(図1)。このことから、インドでは一部の近縁の株にニューキノロン耐性を付与する遺伝子変異が拡がっていることが考えられる。

今後、ニューキノロンに対して耐性を持つチフス菌・パラチフスA菌が増加することが予想されるため、引き続きこれらの薬剤感受性の動向を監視する必要がある。特に、インドへ渡航した際に感染した腸チフス、パラチフスの治療には注意が必要である。

国立感染症研究所細菌第一部 森田昌知 泉谷秀昌 寺嶋 淳
国立感染症研究所副所長 渡辺治雄

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