腸チフス・パラチフス(以下チフス性疾患)は感染症法制定時には2類感染症に指定されていたが、2007年4月施行の改正感染症法では3類感染症に変更され、入院勧告は行われないことになった。理由は感染源がヒトに限られているため、衛生水準の向上とともに減少し、基本的な感染予防策が実施されれば一般医療機関での治療が可能と判断されたためである。わが国では1990年以降両疾患併せて 100例前後まで減少し、南アジア、東南アジアなど海外での感染が大部分を占める輸入感染症と位置付けられるようになった。それとともに、海外で出現している治療薬に対する耐性菌の問題がわが国にも波及し、現行の第一選択薬であるニューキノロン薬(以下NQ薬)に対する低感受性菌が1990年代後半から急増し、2004年にはついにNQ薬耐性パラチフスA菌、2006年には同チフス菌が検出された1)。前回2000〜2003年の治療に及ぼす影響についてまとめたが2)、今回は2005〜2008年におけるチフス性疾患治療の現状について述べてみたい。
対象はこの期間に感染性腸炎研究会に所属する下記16医療機関に入院し、治療内容を把握できた腸チフス60例、パラチフス28例である。腸チフス4例を除く84例が海外感染例であり、両疾患とも70%余りがインド亜大陸での感染と推定された。
1.抗菌薬療法全体について(表1)
治療薬はNQ薬、ceftriaxone(CTRX)あるいはcefotaxime(CTX)、azithromycin(AZM)が選択され、これらの単独使用、併用あるいはグループ間の変更の3方法が実施されていた。NQ薬とCTRXあるいはCTXの併用が最も多く23例、次いでNQ薬単独19例、CTRXあるいはCTX単独14例、CTRXから他薬剤への変更10例、NQ薬から他薬剤への変更9例など、多岐にわたっていた。前回調査のNQ薬単独使用例中心から大きく変化していた。再発・再排菌は腸チフスで6例(10%)、パラチフスで2例(7%)に認められ、前回調査結果とほぼ同様の傾向であった。
チフス菌とパラチフスA菌は多くの抗菌薬に感受性を示すが、臨床的に有効性が認められているのはchloramphenicol、ampicillin、amoxicillin、ST合剤、NQ薬および上記の第3世代セフェム薬に限られる。耐性菌増加状況であるため、NQ薬低感受性菌流行地である南アジアからの帰国者ではNQ薬従来量の単独使用を避ける傾向があり、CTRX単独あるいはNQ薬との併用、NQ薬の増量、AZM単独投与などが行われている 3)。ただし、AZMは国内ではチフス性疾患に対する保険適応はない。
2.AZM使用例について(表2)4)
AZMは国内ではチフス性疾患に対する適応はないが、海外では第二選択薬とされている。一部の機関では、NQ薬やCTRXによる治療効果が不十分あるいは無効であった例、NQ薬低感受性菌感染例に対して、患者あるいは保護者の同意を得てAZMが使用された。投与量は海外のガイドラインに基づいた。細菌学的効果は、有効5例、無効1例、判定不能3例であった。副作用としてAST、ALT、LDHの軽度上昇が認められたが、中止例はなかった。治療期間の短縮が可能であること、経口薬であることが患者にとってもメリットとなるため、今後、本薬も治療選択肢として重要と思われる。
チフス性疾患は2007年4月施行の改正感染症法で3類感染症に変更され、一般医療機関での治療が可能となった。しかし、疾患自体が減少したため、臨床現場での認識が低いことは否めない。治療薬に対する耐性菌が増加していることを認識し、抗菌薬開始前の血液培養採取、検出菌の感受性確認という感染症治療の基本を確実に実施することが特に重要と思われる。
協力機関:札幌市立札幌病院、仙台市立病院、千葉市立青葉病院、東京都立駒込病院、同荏原病院(現東京都保健医療公社)、同墨東病院、同豊島病院、川崎市立川崎病院、横浜市立市民病院、名古屋市立東市民病院(現名古屋市立東部医療センター東市民病院)、京都市立病院、大阪市立総合医療センター・感染症センター、神戸市立中央市民病院、広島市立舟入病院、北九州市立医療センター、福岡市立こども病院・感染症センター。
文 献
1)鈴木みさ・杉本直樹,日本臨床微生物学会誌 18: 189-192, 2008
2)相楽裕子, 他, IASR 26: 91-92, 2005
3)戸塚恭一・橋本正良(監),抗生物質療法の第一選択に対するアプローチ 胃腸, サンフォード感染症治療ガイド2008, 第38版, Gilbert DNほか(編), ライフサイエンス出版, 東京, 29-36, 2008
4)水野芳樹,他,感染症誌 82: 677, 2008
東京都立駒込病院感染症科 今村顕史
名古屋市立東部医療センター東市民病院消化器内科・感染症科 水野芳樹
東京都立墨東病院感染症科(感染性腸炎研究会会長) 大西健児
横浜市立市民病院感染症内科 相楽裕子