本邦における腸チフスワクチンの安全性と有効性
(Vol. 30 p. 96-97: 2009年4月号)

要 旨
腸チフスは国内での発生頻度は低いが、途上国を中心に流行が見られる。本邦においても渡航前の接種ワクチンとして需要があるが、腸チフスワクチンはまだ未認可である。渡航に関する健康管理に有用なワクチン体制の確立に貢献することを目的に、これらのワクチンの安全性と有効性を検討する臨床研究を行った。対象は2歳以上の接種希望者とし、ワクチンはSanofi Pasteur社製の腸チフスワクチンTYPHIM Vi® (Vi多糖体抗原ワクチン)を輸入した。全国12の施設において191例の接種を行ったが、有効な免疫原性が認められ重篤な副反応の出現もなく、日本人に対しても安全で有効なワクチンと考えられた。

背 景
本邦では腸チフスは毎年47〜86例1)報告されている。マラリアやデング熱に比べると症例数は少ないが、腸チフスワクチンは南アジアや東南アジアへ渡航する際には接種が強く望まれるワクチンである2)。本邦においては未認可であり、輸入ワクチンで対応している医療機関を除いて接種は困難な状況である。

目 的
本邦における腸チフスワクチンの安全性(有害事象の有無)と有効性(IgG抗体価)を検討し、その結果を踏まえ本邦において将来的に認可されることを目的とする。

対象と方法
全国12の施設において2歳以上の接種希望者を対象とした。本人あるいは代諾者からインフォームドコンセントを取得し、Sanofi Pasteur社製の腸チフスワクチンTYPHIM Vi® を使用した。また、各施設において倫理委員会の承認を得た。

安全性については接種後出現する有害事象の頻度と程度(接種後7日目までは全項目調査、8〜28日目は有害事象発生時のみ)を観察日誌で調査した。

また、有効性については接種前と接種後4週間(24〜32日)に採血を行い、抗体価をInternational Vaccine Institute(Seoul, Korea)で測定した。抗体価測定は酵素結合抗体定量法(ELISA; Enzyme-Linked Immunosorbent Assay)を用いた。また、重篤な有害事象発生に備えて医師賠償責任保険に加入した。また、本研究に参加した各施設とワクチン製造会社との間に研究費受託などの利害関係は存在しない。

結 果
約1年間の登録期間中に191例の症例登録があり、そのうち145例はペア血清採取を行った。また血清抗体価測定は100例に限って行われた。接種対象者の年齢分布を図1に示したが、20代、30代の若年成人が多かった。有害事象は表1に示した通り、局所の疼痛(18%)、全身の筋肉痛(17%)、局所の発赤(15%)の発現頻度が高かった。本研究では事務手続き上の誤りのため「圧痛」の項目が欠落していた。また、有効性(免疫原性)については、接種前後で4倍以上の有意な抗体上昇を認めた症例は100例中97例(97%)であった。

考 察
腸チフスワクチンの接種において認められた有害事象は、局所の疼痛、全身の筋肉痛、局所の発赤などであるが、いずれも軽微な症状であり、重篤な有害事象は認められなかった。添付文書に掲載されている海外試験との比較では、局所の発赤や全身の筋肉痛の発現頻度が高く、局所の疼痛や硬結や頭痛などは低かった。また、接種後の免疫獲得能は良好と考えられた。腸チフスワクチンは諸外国で数多く使用され、安全性および有効性に問題のないことは判明しているが、本臨床研究により邦人に対しても同様の安全性、有効性を有することが示唆された。本邦の近隣諸国である東南アジアや南アジアは腸チフスの発生頻度が高い地域となっているが、同地域への邦人渡航者は多く、渡航者の健康管理の確立という観点から、近い将来、同ワクチンが認可されることが望まれる。

謝 辞
本研究は厚生労働科学研究費補助金「海外渡航者に対する予防接種のあり方に関する研究」(研究代表者・尾内一信)の研究成果を含む。

 文 献
1)国立感染症研究所感染症情報センター、
 http://idsc.nih.go.jp/disease/typhoid/typhoid2007.html (2008年11月1日アクセス)
2) Crump JA, et al ., Bull World Health Organ 82(5): 346-53, 2004
3) Keitel WA, et al ., Vaccine 12(3): 195-199, 1994
4) Unpublished data on file, Aventis Pasteur limited

長崎大学熱帯医学研究所・臨床医学分野 宮城 啓 津守陽子

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