飲食店を原因施設とするコレラ集団発生事例
(Vol. 30 p. 98-99: 2009年4月号)

はじめに
コレラは、2007年の感染症法改正で3類感染症となり、検疫法改正により検疫対象疾病からはずされた。日本での最近の発生状況は、毎年50例前後報告されており、その多くは海外で感染する輸入事例であるが、海外渡航歴のない散発事例も発生している。国内発生は疫学的な関連がみられない散発事例が多く、食品衛生法に基づく食中毒事例としての届出は2000年に1例(患者数2名)、2001年に1例(同7名)、2002年に2例(同10名)と少ない。今回は、2008年4月、埼玉県内で飲食店を原因施設とするコレラ菌による食中毒事例が発生したので、その概要について報告する。

端 緒
2008年4月3日県内医療機関より、コレラ菌を疑う菌株の同定依頼が発生動向調査により送付された。患者は海外渡航歴のない60代の男性で、1日に15回以上の激しい下痢で脱水症状を呈し重症化していた。検査の結果、4月4日にVibrio cholerae O1 El Tor Ogawa(コレラ毒素陽性)と同定された。この結果を受けた医師の届出により、保健所で原因究明および防疫のための措置がとられた。患者は3月30日に飲食店Sで調製された弁当を喫食していることが判明したため、4月4日飲食店Sに健康被害に関する苦情の有無を確認したところ、同種苦情は寄せられていなかった。しかし、4月7日飲食店Sより、3月29日に利用した他の客から「下痢、腹痛等の症状を呈している者がいる」旨の通報があり、保健所が調査を開始した。4月8日から検便が送付され始め、また、4月10日には県内2医療機関からコレラ菌を疑う菌株2株が送付された。4月11日、送付された2株および有症苦情があった1グループの検便のうち2名からV. cholerae O1 El Tor Ogawaが検出されたため、保健所は当該飲食店を原因施設とするコレラ菌による食中毒事例と確定した。

調査および検査結果
調査の結果、3月29日および30日の利用者以外に患者の発生は見られなかったため、この両日に飲食店Sを利用した12グループ217名に対して発症状況等の調査を実施したところ、すべてのグループの211名から回答を得た。また、この211名および従業員5名の検便とマグロ、ホタテ、イカ、カンパチ等の食品、水および刺身用まな板や包丁等の施設設備のふきとりの検査を実施した。利用者に対する発症状況等の調査では、1日に3回以上の下痢症状を呈したのは6グループ30名であった。その主な症状は下痢(100%)、腹痛(33%)、吐き気(20%)、嘔吐(10%)であった。発症者は50代以上が多く、菌陽性者はすべて50代以上であった。下痢の回数は10回以上が13名と最も多く、その平均回数は13.9回であった。過去3カ月間に海外渡航歴のある者は発症者にはいなかった。

検便の結果、喫食者211名中8名からコレラ菌が検出された。分離菌株のパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)法による解析では、制限酵素Not IおよびSfi I処理において、すべて一致していた(図1)。また、従業員5名および菌陽性者の家族、接触者等からコレラ菌は検出されなかった。

原因食品については、寿司、刺身として喫食された残品のイカおよび参考品として収去したマグロ、ホタテ、カンパチ等の食品からコレラ菌は検出されなかったこと、喫食状況の調査から原因食品を統計学的に限定できなかったことから、特定するには至らなかった。

考 察
コレラ菌、赤痢菌、チフス菌、パラチフスA菌は代表的な輸入感染症菌であり、感染症法の初期においては入院勧告の対象である2類感染症であった。しかし、その後の見直しで入院勧告を必要としない3類への類型変更がなされた。また、同時期に検疫法の改正によりコレラが検疫法の対象疾病から外された。この変更がもたらした影響は小さいとは言えず、特に、ヒトの出入国や食材などの物流において、検疫法での裏付けがなくなったためにコレラ菌検査が行われていないのが現状である。このように水際での防疫が望めない状況では、医療機関と保健所や地方衛生研究所などの行政機関との連携をさらに強化し、個々の発生事例での調査を含む防疫対策を徹底することが必要であり、このことがdiffuse outbreakを含むコレラの集団発生防止につながると考える。

埼玉県衛生研究所
埼玉県加須保健所

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