2008/09インフルエンザシーズンにおけるインフルエンザ(A/H1N1)オセルタミビル耐性株(H275Y)の国内発生状況 [第2報]
(Vol. 30 p. 101-106: 2009年4月号)

要約
今シーズン(2008/09)は、A/H1N1ウイルスが2シーズン続けて流行の主流であり、また、昨シーズンとは大きく異なり、オセルタミビル(商品名タミフル)耐性のA/H1N1亜型(ソ連型)インフルエンザウイルスが全国的に蔓延している。現時点で42都道府県から耐性株の検出報告があり、全国平均でA/H1N1ウイルスの99.6%が耐性である。迅速診断キットでA型インフルエンザと診断された患者の60〜70%はタミフル耐性のA/H1N1ウイルスに感染していることから、医療機関における抗ウイルス薬を用いた治療に大きな影響が出ている。このため、全国各地における耐性株の流行状況を週単位で情報提供してきたが(http://idsc.nih.go.jp/iasr/influ.html)、本速報は現時点(2009年3月14日)で集計およびウイルス性状解析が終了した耐性株についてまとめた。

はじめに
昨シーズンの後半から、ノイラミニダーゼ(NA)蛋白の275番目のアミノ酸がヒスチジンからチロシン(H275Y)に置換し、オセルタミビルに対して耐性となるA/H1N1亜型ウイルスが、世界各地で高頻度に検出されるようになり、医療機関における抗インフルエンザ薬の選択に大きな影響が出ている。これまでの世界各国における耐性株の発生頻度は、2007年後半〜2008年3月期は16%、2008年4月〜9月期は44%、2008年10月〜12月期は92%と、耐性株が急速に世界中に広がっている 1)。現時点では、オセルタミビル耐性のA/H1N1ウイルスは、米国で97%、EU諸国で98%、豪州、中米、アフリカ諸国で80〜100%となっている。日本周辺では、韓国で99%、台湾で100%である。

わが国でのA/H1N1耐性株の出現頻度は昨シーズンが2.6%と、諸外国に比べて極めて低い状況であった 2)。しかし、今シーズンに入って状況は一変し、シーズン初期から仙台市や滋賀県などから耐性株の検出が相次いで報告され 3)4)、耐性株による全国的な流行が懸念されるようになった。インフルエンザ流行ピーク前の国内発生頻度は98%であったこと(2008/09シーズン第1報) 5)、さらに、今シーズンは昨年に引き続きA/H1N1株が流行の主流(総分離株の約60%を占める)であるため、耐性株の最新流行状況を週単位で各地方自治体および医療機関に提供することが極めて重要となった。そこで、全国地方衛生研究所(地研)の協力のもとに、各地における耐性株の検出情報を週ごとに更新したまとめを病原微生物検出情報(IASR)速報にあげてきた 6)。これと並行して、国立感染症研究所(感染研)では地研から送られてきたA/H1N1ウイルスについて、遺伝子解析、抗原性解析および薬剤感受性試験などウイルスの性状について詳細に解析を実施した。

本稿は、今シーズンの流行が終息しつつある現時点(2009年3月14日)で性状解析が完了したウイルスについてまとめた第2報である。

1. 日本国内の耐性株発生状況
各地研から寄せられた耐性株の検出状況を地研別に表1に示した。地研における耐性株の同定は、一般的にNA遺伝子の塩基配列を解析し、耐性の遺伝子マーカーH275Yの有無を検討するものである。その結果、総解析数1,239株中1,234株にH275Y耐性マーカーが同定され、全国42都道府県でのA/H1N1における耐性株の発生頻度は99.6%であった(表1)。耐性株の地理的な分布と検出頻度を図1にまとめた。全国各地におけるA/H1N1分離株のほぼ100%がオセルタミビル耐性株となっており、わが国も諸外国と同様の状況となっている。

2. NAI薬剤感受性試験
現時点までに感染研に送付された国内耐性株の一部について、合成基質を用いた化学発光法により、オセルタミビルおよびザナミビルに対する薬剤感受性試験を行った。この結果、解析したA/H1N1オセルタミビル耐性ウイルスは、2007/08シーズンに分離された感受性株に比べて、400倍以上も高いIC50値を示し、オセルタミビルに対して強い耐性を示した。一方、これらのオセルタミビル耐性株は、ザナミビルに対しては感受性を保持していた。また、2007/08および2008/09シーズンに分離された耐性株の間でIC50値に大きな違いはみられなかった。

3. 抗原性解析
2008/09シーズンに国内で分離された耐性株について、新旧ワクチン株およびその類似株に対する抗原性を比較した。抗原性解析は、フェレット感染抗血清と0.5%七面鳥血球を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験により行った。この結果、解析した殆どの耐性株の抗原性は、今季ワクチン株(A/ブリスベン/59/2007)に対して、同じか4倍以内の抗原変異に収まっており、抗原性はワクチン株に類似していた(表2)。一方、仙台市等で分離されたA/H1N1株に関しては、ワクチン株から抗原性が大きく変異しているという報告 7)もあるが、感染研でA/ブリスベン/59/2007孵化鶏卵分離株に対するフェレット抗血清および七面鳥血球を用いた抗原性解析によると、今季流行しているA/H1N1ウイルス(耐性株を含む)の大半はワクチン類似株である。同様の結果は、海外のWHOインフルエンザ協力センター(英国ロンドンセンター、米国CDCセンター、豪州メルボルンセンター)からも報告されており、世界的にも、A/H1N1流行株はワクチン類似株が主流である。このことから、今季のインフルエンザワクチンは、オセルタミビル耐性A/H1N1ウイルスにも有効であることが期待される。

4. NA遺伝子系統樹解析
ここ数年のA/H1N1流行株は、NA遺伝子の系統樹上では、クレード2B(アミノ酸マーカー:H45N、G249K、T287I、K329E、G354D)およびクレード2C(アミノ酸マーカー:S82P、M188I、I267M、L367I、V393I、T453I)に大きく分けられる[図2(pdf)]。2007/08および2008/09シーズンに分離された日本を含む世界中の主なA/H1N1耐性株は、今季向けワクチン株(A/ブリスベン/59/2007)を代表株とするクレード2Bに属している[図2(pdf)]。さらにクレード2Bは、D354Gという特徴的なアミノ酸置換のマーカーを持つ系統(北欧系統)と持たない系統(ハワイ系統)に細分される。2007/08シーズンに分離された国内耐性株は、ハワイ系統および北欧系統の2つの異なる系統に属するウイルスを含んでいたが、2008/09シーズンに分離された国内耐性株はすべて北欧系統に属しており、2007/08シーズンに検出されたハワイ系統の耐性株は、今シーズンでは見つかっていない。

5. A/H3N2亜型およびB型インフルエンザウイルスに対するNAI耐性株サーベイランス
2008/09シーズンに国内各地で分離された、A/H3N2亜型86株、B型18株についても、オセルタミビルおよびザナミビルに対する薬剤感受性試験を実施した。この結果、2008/09シーズンに分離されたA/H3N2のうちの1株だけはザナミビルに対して40倍程度の感受性の低下が確認されたが、その他の株はすべて両薬剤に対して感受性であった。同様に、海外諸国で分離されたA/H3N2亜型、B型ウイルスについても、今のところ耐性株は報告されていない。

おわりに
昨シーズン(2007/08)に国内で分離されたオセルタミビル耐性A/H1N1株の発生頻度は、わずか2.6%(1,734株中45株)だったのに対し、今シーズン(2008/09)は42都道府県から耐性株が分離され、発生頻度は99.6%(1,239株中1,234株)となった。すなわち、わずか半年あまりで国内においてもA/H1N1耐性株が劇的に増加していることが明らかとなった。今シーズンに分離されたA/H1N1国内耐性株も、昨シーズンと同様に今季向けワクチン株であるA/ブリスベン/59/2007に遺伝的にも抗原的にも類似しているため、今季ワクチンは有効であると考えられる。これに加えて、耐性株はもう一つの抗インフルエンザ薬であるザナミビルに対しては感受性であることから、ザナミビルによる治療も有効であると考えられる。一方、A/H3N2亜型およびB型インフルエンザウイルスでは、わずかながら感受性低下を示すA/H3N2亜型 1株を除いては、両薬剤に対して明確な耐性を示す株は確認されていない。

今回、世界中で検出されている耐性株の大半は、オセルタミビルを使用していない国で分離されていることから、今回の耐性株は、オセルタミビルの頻用によって耐性ウイルスが出現したり、耐性ウイルスが選択されて流行しているわけではない。また、病原性は通常のA/H1N1株と大きく変わらず、特に重篤な症状を引き起こすとの報告はない 8)。

一方、過去に報告された耐性ウイルスは、野生株に比べて伝播力や感染力が低下した「欠陥ウイルス」であり、自然に淘汰されてきた。これに対して、今回の耐性ウイルスは、オセルタミビル耐性の性状とともに、別の遺伝子変異によって、野生株よりも強い伝播力を獲得しているものと考えられる。A/H1N1ウイルスが2シーズン連続して流行の主流となることは通常経験されておらず、これも今回の耐性ウイルスの伝播力の強さを反映したものかもしれない。

今シーズンは、半年前の南半球での流行における耐性A/H1N1ウイルスの拡がりから、日本でも耐性ウイルスが流行することが予想されていた。その後、シーズン初期より耐性株の分離報告が相次ぎ、またシーズン初期に感染研で解析した株からも高頻度に耐性株が検出されたことから、耐性株が全国的に大規模に流行することが予測された。また、今シーズンは分離株の約90%がA型であり、そのうちA/H1N1が70%を占める。第1報 5)でも言及したように、現行の迅速診断キットを用いた簡易鑑別診断法ではA型とB型インフルエンザの区別はできるが、A/H1N1とA/H3N2の亜型の判別ができない。このことから、オセルタミビルをインフルエンザの治療に多用しているわが国の医療機関での治療薬の選択に混乱が生じることが懸念された。そのため、可能な限り迅速に耐性ウイルスの流行行動に関する情報提供をするために、各都道府県、政令都市などと地研の協力により、各地における耐性株の流行、拡大状況に関する情報を週ごとに更新した。

一方、臨床現場からの全体的な印象としては、オセルタミビルは耐性ウイルスに対しても効いているという情報もあり、ウイルス学的解析と臨床的観察とをつき合わせた科学的な検証が今後は必要である。今後も、A/H1N1耐性株の流行動向や臨床所見などを監視するとともに、A/H3N2亜型およびB型株を含めた通常のウイルス株サーベイランスを強化・継続していく必要がある。

 文 献
1) http://www.who.int/csr/disease/influenza/h1n1_table/en/index.html
 (各国の耐性株出現頻度速報)

2) IASR 29: 334-339, 2008
 (インフルエンザ(A/H1N1)オセルタミビル耐性株(H275Y*)の国内発生状況 [第2報])

3) IASR 30: 47-49, 2009
 (集団発生事例から分離されたA/H1N1亜型インフルエンザウイルスについて―仙台市)

4) IASR 30: 49, 2009
 (2008/09シーズン初集団かぜからのAH1亜型インフルエンザウイルスの分離―滋賀県)

5) IASR 30: 49-53, 2009
 (2008/09インフルエンザシーズンにおけるインフルエンザ(A/H1N1)オセルタミビル耐性株(H275Y*)の国内発生状況 [第1報])

6) http://idsc.nih.go.jp/iasr/influ.html
 (2008/09シーズンにおけるインフルエンザ(A/H1N1)オセルタミビル耐性株検出情報)

7) IASR 30: 74-75, 2009
 (2009年1月、仙台市・山形市・福岡市の医療機関で採取された検体から分離されたAH1亜型、AH3亜型、B型インフルエンザウイルスの今シーズンワクチン株からの抗原性の乖離)

8) Hauge SH, et al ., Oseltamivir-Resistant Influenza Viruses A (H1N1), Norway, 2007-08, Emerg Infect Dis, 2009

国立感染症研究所ウイルス第三部第一室
 インフルエンザ薬剤耐性株サーベイランスチーム
製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部ゲノム解析部門
 インフルエンザウイルス遺伝子解析チーム
全国地方衛生研究所

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