腸管出血性大腸菌感染症における溶血性尿毒症症候群 2008年
(Vol. 30 p. 122-123: 2009年5月号)

溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome : HUS)は、溶血性貧血、血小板減少、急性腎不全を3主徴とする症候群で、腸管出血性大腸菌(EHEC)の感染に引き続いて発症することが多く、EHEC感染者の約10〜15%に発症 1) し、HUS発症者の約1〜5%が死亡するとされている。感染症発生動向調査におけるEHEC感染症は、2006年4月に届出基準が一部変更され、HUS発症例に限っては菌が分離されなくても、便からのVero毒素の検出や血清中のO抗原凝集抗体またはVero毒素抗体の検出によって診断されたものも届出の対象となった。同時に届出様式が変更され、それまで任意記載であった臨床症状の報告は、主な症状が選択式となり、水様性下痢、腹痛、血便、の他に、HUS、急性腎不全、痙攣、昏睡、脳症などが選択項目となり、これらの症状も把握されやすくなった。

HUS発生状況:感染症発生動向調査に基づき2008年(診断週が2008年第1〜52週)に報告されたEHEC感染症4,322例中、HUSの記載があったのは94例(有症状者の3.3%)で()、2006年102例(同4.1%)、2007年129例(同4.2%)2) と比較して、報告数は少なく、発症率は低かった。性別は男性39例、女性55例で女性が多かった。年齢は1〜88歳(中央値4.5歳)、年齢群別では0〜4歳が47例(全体の50%)と最も多く、5〜9歳21例(同22%)、10〜14歳8例(同8.5%)、15〜64歳12例(同13%)、65歳以上6例(同6.4%)であった。女性に多く、発症者の8割が15歳未満の小児であり、うち0〜4歳が報告の半数を占める傾向は、過去2年と同様であった。また、有症状者に占めるHUS発症例の割合は、0〜4歳が6.9%で最も高かった。診断月別にみると、8月をピークに夏から秋にかけて多いが、少数ながら1、2月にも患者は発生しており、通年でHUS発生が見られた()。

EHEC診断方法と分離菌:診断方法は、菌の分離が64例(68%)、患者血清によるO抗原凝集抗体(血清診断)および便からのVero毒素検出が2例(2%)、血清診断のみが28例(30%)であった。菌が分離された64例の血清群・毒素型をみると、O157・VT1&2 29例、O157・VT2 27例、O157・VT不明 1例、O111・VT1&2 3例、O111・VT不明 1例、O55 ・VT1 1例、O121・VT2 1例、O157・VT2とO26 ・VT1 1例であった。O157が計57例で、全体の89%を占め、毒素型だけでみると、VT2を含んだ菌株が計61例で、全体の95%を占めた。

感染状況と感染原因:感染状況として、散発(周囲にEHEC感染者なし)53例、家族内(家族にEHEC感染者あり)20例、集団発生内6例、広域感染事例内2例、調査中・不明13例であった。感染源・感染経路は、記載なし、または不明の報告が多いが、37例(39%)は肉類の喫食があり、うち22例は焼肉(バーベキュー、ステーキ等)、15例が生肉(ユッケ、レバー、鳥刺し、加熱不十分な肉等)であった。生肉喫食の15例中14例は小児であった(0〜4歳 4例、5〜9歳 7例、10〜14歳 3例)。

合併症と転帰:HUS発症例については、2008年7月より国立感染症研究所感染症情報センターから地方感染症情報センターに対し、随伴症状やHUS 以外の合併症、転帰などの詳細な情報収集について協力を依頼してきた。回答に協力の得られた範囲内での情報では、意識障害13例、脳症9例、痙攣8例、高血圧3例、腸重積3例、腸閉塞2例、膵炎2例などが確認された。届出から3カ月以上経過後に確認できた範囲での転帰は、回復が53例、死亡が5例、不明(治療中、入院中等を含む)が36例であった(2009年4月10日現在)。死亡の内訳は、2歳男性(O157・VT2)、10歳女性(O157・VT1&2、脳症)、80代女性(O157・VT1&2)、80代女性(O157・VT2)、80代男性(O157、血清抗体による診断)であり、全HUS発症例(94例)における致死率は5.3%であった。また、後遺症ありと報告された症例は5例で、意識障害2例、慢性腎炎1例、腎機能障害1例、蛋白尿1例であった。

考 察:感染症発生動向調査におけるわが国のEHEC感染症のHUS発生率は、2008年の全年齢で人口10万対0.07(2006年0.08、2007年0.10)、5歳未満では0.87(2006年0.96、2007年1.13)であった。諸外国における5歳未満のHUS発生率は、アルゼンチンが最も高く13.9、スコットランド3.4、アイルランド2.33(英国全体で1.54)、米国2.01、フランス1.87、ニュージーランド/オーストラリア1.0〜1.3など 3,4,5,6) で、いずれも日本より高い。ただし、スコットランド、米国、フランスは、HUSとしてのサーベイランスが強化されており、積極的な症例探索が行われている。一方、日本で過去に行われた全国調査では、小児のHUS発症例だけで年間およそ130例が報告されており7)、現在の感染症発生動向調査におけるEHEC感染症のHUS発症数は、過少評価しているものと推測される。

EHEC感染によるHUS発症例は冬期においても発生しており、EHECが流行する夏期のみならず通年で注意する必要がある。HUSは依然として死亡あるいは腎機能や神経学的障害などの後遺症を残す可能性のある重篤な疾患である。HUSの発生予防につなげるためにも、HUSの実態把握と発生の危険因子を特定することが重要である。全国の地方感染症情報センター、保健所の感染症担当者の方々に対しては、EHEC感染症報告後にHUS発症が認められた場合の追加報告をお願いするとともに、HUS発症例に関する詳細な情報収集に対し今後もご協力をお願いしたい。

なお、本報告にあたり、問い合わせ等にご協力いただいた地方感染症情報センターならびに保健所の担当者、届出医の皆様に深謝いたします。

 文 献
1) Tarr PI, et al ., Lancet 365:1073-1086, 2005
2)厚生労働省結核感染症課,国立感染症研究所, IDWR 11(6): 16-22, 2009
3) Leotta GA, et al., BMC Microbiol 8: 1-8, 2008
4) CDC, MMWR 57: 366-370, 2008
5) Espie E, et al ., Pediatr Infect Dis J 27: 595-601, 2008
6) Lynn RM, et al ., EID 11: 590-596, 2005
7)吉矢邦彦, 他, 小児感染免疫 19: 59-64, 2007

国立感染症研究所感染症情報センター
齊藤剛仁 杉下由行* 冨岡鉄平 島田智恵 砂川富正 多田有希
 *現在 東京都島しょ保健所小笠原出張所

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る