非接触赤外線感温装置の効果に関する文献的考察
(Vol. 30 p. 136, p. 141: 2009年5月号)

2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の発生から各国が入国管理戦略を準備するようになり、非接触赤外線感温装置(non-contact infrared thermometers: NCIT)が複数の国際空港などで導入された。NCITの乳癌や発熱の大規模スクリーニングなどの公衆衛生分野での応用は十分に検討されていない。SARS後早期の報告では、国際空港でのNCITの有用性は低いとされていたが、新型インフルエンザの侵入を遅らせるために入国時の体温スクリーニングの導入を再検討している国も出てきている。

発熱、スクリーニング、NCIT、熱イメージ/熱スキャナー/熱測定器、熱スクリーニングというキーワードを用いて1975年〜2008年4月までの文献を検索し、検討をした。国際空港におけるNCITを用いた研究が3報あったが、情報不十分であり、今回の検討に含めなかった。人が集まる場所での研究がシンガポールに1報、香港に2報、台湾に2報、フランスに1報あった。多くは病院におけるものであり、すべての研究でNCITと鼓膜温が比較されていた。陽性的中率(PPV)および陰性的中率(NPV)は3つの研究で報告されていた。他の3つについては、感度・特異度・罹患率のデータによって解析した。また海外旅行をする人の発熱の罹患率は1%に統一して検討した。

6つの研究の対象者数は176〜72,327人で、入院、外来を受診した病院の患者や、他の健康人から選ばれていた。発熱の閾値は37.5℃〜38℃の間とされており、鼓膜温で測定された発熱の罹患率は1.2〜20.7%であった。NCIT(前頭部、内眼角、外耳)による測定の感度は4.0%〜89.6%、特異度は75.4〜99.6%、PPVは0.9〜76.0%、NPVは86.1〜99.7%であった。発熱の罹患率を1%に統一すると、前頭部温でみた場合のPPVは3.5〜65.4%であり、NPVは99%以上であった。

これらの研究の比較は研究数の少なさと多様性から困難である。対象の違い、NCITの測定法の違いなどはバイアスとして重要である。測定には、暖かい飲み物、アルコール、妊娠、月経周期、ホルモン治療など高熱にみえるもの、大量発汗、厚化粧など低くみえるものや、温度、湿度、距離、換気システム、数秒の静止などの環境要因が因子として重要である。測定部位は外耳道温の方が外部要因を受けにくいが、前頭部温測定の実施可能性が高い。患者との接触がないという点に加え、高い特異度とNPVから、入国時のスクリーニングとしてNCITは有用だが、感度が低いため発熱患者を見逃す率が83〜85%にのぼる。加えてPPVが低く、中には健康な人が不必要に医療チェックを受けることになるかもしれない。これらの制限があるため、ほとんどの著者はサーベイランスや接触者調査がより重要であるとして、NCITに対し結論を出すことを控えている。パンデミックインフルエンザでは、周囲への感染性は発症前数時間に始まると考えられているので、感染者を発見できない場合や、入国後の二次感染が起こってしまうこともあるだろう。また国境での規制について、ある旅行者は症状を隠したり、くぐりぬけようとしたりするかもしれない。NCITを導入するかしないかの政策決定には社会的圧力がかかるが、透明性を持って広くその是非を議論していくべきである。

(Euro Surveill. 2009;14(6):pii=19115)

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