はじめに
感染症流行予測調査は、1962年に伝染病流行予測調査事業(2000年からは感染症流行予測調査事業)として、集団免疫の現状把握および病原体の検索等の調査を行い、各種疫学資料と合わせて検討し、予防接種事業の効果的な運用をはかり、さらに長期的視野に立ち総合的に疾病の流行を予測することを目的に開始された事業である。実施の主体は厚生労働省健康局結核感染症課であり、都道府県、地方衛生研究所、国立感染症研究所が協力し、血清疫学調査(感受性調査)、病原体検索(感染源調査)を全国規模で行っている。
本事業で実施している日本脳炎ウイルスに対する抗体測定法は中和法であるが、2007年度よりPAP法による中和抗体測定を導入し、現在に至っている。結果解析可能な最新年度である2008年度調査(山形県、茨城県、東京都、新潟県、富山県、愛知県、三重県、大阪府、愛媛県、熊本県、沖縄県の11都府県で調査)については、2009年5月時点での集計より、速報として報告する。2008年度調査の詳細は、今年度発行予定の2008年度感染症流行予測調査報告書(厚生労働省健康局結核感染症課、国立感染症研究所感染症情報センター)を参照されたい。
年齢別日本脳炎ワクチン接種率
日本脳炎ワクチンの定期予防接種対象年齢は1期が生後6カ月〜90カ月未満、2期が9〜13歳未満であるが、標準的な接種年齢は3歳で2回(1期初回1回・2回)、4歳で1回(1期追加)、9歳で1回追加(2期)の計4回である。2005年までは3期として14〜15歳にさらに1回追加が行われていたが、同年7月29日に3期は中止となった。
2008年度感染症流行予測調査事業に基づき報告された日本脳炎ワクチン接種率は、37.8%であり、接種歴不明の2,392名を除いた3,015名でみると67.8%であった。なお、接種歴は1回以上あれば有りとした。年齢別にみると、0歳1.6%、1歳0.5%、2歳3.8%、3歳17.7%、4歳16.2%、5歳22.9%、6歳42.5%、7歳70.7%となり、12歳の84.7%が最大であった。その後は年齢とともに減少した(図1)。
厚生労働省が発表している日本脳炎ワクチンの実施率を図2に示す。実施率の計算方法は、地域保健事業報告の定期の予防接種被接種者数を分子とし、標準的な接種年齢期間の総人口を総務省統計局推計人口(各年10月1日現在)から求め、これを12カ月相当人口に推計した人口を分母として計算したものである。積極的勧奨の差し控えが行われる2004年度までの各期の平均実施率は、1期初回1回88.4%、1期初回2回84.5%、1期追加70.0%、2期64.5%、3期44.0%で、1期は70〜90%程度の比較的高い実施率であったが、2期・3期の実施率は低かった。2005年5月の積極的勧奨の差し控えにより、2005年度の接種率は激減し、1期初回1回22.1%、1期初回2回16.7%、1期追加15.6%、2期15.8%、3期11.1%となり、さらに2006年度は1期初回1回 4.0%、1期初回2回 3.6%、1期追加 3.3%、2期 1.4%となった。
年齢/年齢群別日本脳炎中和抗体保有状況(図3)
2008年度は11都府県、合計 3,216名で日本脳炎中和抗体が測定された。乳幼児の1:10以上の抗体保有率は、0〜5カ月齢25.0%、6〜11カ月齢1.6%、1歳3.6%、2歳 6.0%、3歳12.2%、4歳15.3%、5歳13.4%であり、極めて低かった。6歳では、一部積極的勧奨の差し控えにより接種を受けていない者が含まれているため、35.2%と低い抗体保有率であった。7〜8歳では70%前後、9歳以上20代前半までは概ね80%以上の高い抗体保有率であったが、20代後半から、抗体保有率は年齢とともに低下し、25〜29歳群61.0%、30〜34歳群39.9%、35〜39歳群30.4%、40〜44歳群27.2%、45〜49歳群で15.4%と最低となった。その後50〜54歳群18.9%、55〜59歳群29.5%、60〜64歳群43.8%、65〜69歳群55.2%と、年齢とともに上昇し、70歳以上群では72.5%となった。
地域別年齢群別日本脳炎中和抗体保有率(図4)
地域別に抗体保有率を比較したところ、0〜4歳群ではほとんどの地域で極めて低い抗体陽性率であったが、東海・近畿のみ20%台とやや高かった。東日本より西日本の方が高い傾向が見られたが、大きな地域差は認められなかった。
年度別年齢/年齢群別日本脳炎中和抗体保有状況(図5)
1988年度、1992年度、2004年度、2008年度の抗体保有状況を比較した。0〜2歳の抗体保有率は、15〜20年前と比較すると、著明に低下していた。2005年5月の積極的勧奨の差し控えにより、3〜6歳群の抗体保有率が激減した。また、15〜20年前と比較すると、30代〜60代前半の抗体保有率が激減していた。
まとめ
日本脳炎の定期予防接種が2005年5月30日に積極的勧奨の差し控えとなったことから、接種者数が激減し、3〜5歳群の抗体保有率は10%台と極めて低く、6歳でも30%台の低い抗体保有率となった。最近2期あるいは3期(2005年に中止)の定期予防接種を受けた年齢群である10代では比較的高い抗体保有率であったが、20代後半以降は急激に低下している。日本脳炎ワクチンは1954年に勧奨接種として始まったことから、日本脳炎ワクチンを過去に受けたことのある年齢群は2008年現在、54歳よりも若い年齢層である。最近の40代の抗体陽性率の低下は著しく、2008年度の結果では40代後半と50代前半は10%台にまで低下していること、日本脳炎の患者報告が40代以上に集中していることを考慮すると、中高年層への対策としてワクチンの追加接種が必要かもしれない。一方、55歳以上の年齢層では予防接種による抗体保有ではなく、自然感染の状況を示しているものと考えられる。今後は、日本脳炎ワクチンおよび自然感染による免疫効果がどの程度維持されるのかを明らかにする必要があり、抗体保有率が特に低い2008年度の5歳以下群と40代後半・50代前半群の対策が急務である。
国立感染症研究所感染症情報センター 多屋馨子 佐藤 弘 新井 智 岡部信彦
同 ウイルス第一部 高崎智彦 倉根一郎
2008年度感染症流行予測調査事業日本脳炎感受性調査担当
山形県、茨城県、東京都、新潟県、富山県、愛知県、三重県、大阪府、
愛媛県、熊本県、沖縄県および各都府県衛生研究所