日本脳炎は、2005年よりワクチン定期接種の積極的勧奨が差し控えられており、抗体保有率の低下ならびに再流行が懸念されている。このような背景の下、東京都では都民の日本脳炎ウイルス(以下JEV)に対する抗体保有調査を流行予測調査事業により継続して実施している。しかし、本調査によって測定される抗体は、ワクチンによる抗体獲得であるのか、ウイルスの自然感染による獲得であるのかを判別することはできない。そこで、JEVの自然感染率(不顕性感染率)を推察することを目的に、ワクチン接種の状況が大きく変化した2005年と、その前後年である2004年および2006年に採取された都民の血清を用いて、JEVのNS1に対する抗体保有調査を行ったので、流行予測調査事業による中和抗体保有調査の結果と併せて報告する。
流行予測調査事業において測定したJEV(JaGAr#01株)に対する中和抗体は、血清964件中519件が陽性であり、陽性率は53.8%であった。中和抗体陽性数の年次内訳は、2004年が319件中183件、2005年が311件中158件および2006年が334件中178件であり、各年における中和抗体の陽性率は2004年が57.4%、2005年が50.8%および2006年が53.3%であった(表1)。
NS1抗体保有調査は、これらJEVに対する中和抗体が陽性であった血清519件のうち血清検体が残存していた497件を調査対象とした。調査はJEVのNS1抗原発現細胞由来の精製NS1抗原(3G8-NS1)に対する抗体保有の有無をELISA法で測定することによって行った。その結果、NS1抗体は497件中32件で陽性であり、その年次内訳は、2004年が177件中16件、2005年が145件中7件および2006年が175件中9件であった。中和抗体陽性者に占めるNS1抗体の陽性率は平均6.4%であり、各年では2004年が9.0%、2005年が4.8%および2006年が5.1%であった(表2)。
本調査では、日本脳炎ワクチン接種の積極的勧奨が差し控えられたのが2005年であったため、その前後の2004〜2006年に採取された血清を調査対象として用いることにより何らかの変化がみられることが予想されたものの、自然感染を反映していると推定されるNS1抗体の保有率は、すべての調査年において10%以下の低い値で推移していた。JEVのヒトにおける活動状況、すなわち自然感染率を把握することは、日本脳炎の患者発生ならびに再流行を早期に感知し、流行を未然に防ぐ対策を早期に講じるための重要な基礎資料となるため、今後も継続して調査を行う必要がある。
東京都健康安全研究センター微生物部
田部井由紀子 岩崎則子 岡崎輝江 長谷川道弥 保坂三継 甲斐明美
神戸大学医学部保健学科 小西英二