髄膜炎菌敗血症の乳児例
(Vol. 30 p. 158-159: 2009年6月号)

はじめに:本邦は諸外国に比べ髄膜炎菌感染症の発生頻度は少ないが、その発症はやはり乳幼児に多いといわれる。2009年3月に髄膜炎を伴わない乳児敗血症例を経験したので報告する。

症例:3カ月男児。入院5日前39.0℃の発熱に気づき、翌日も38.0℃であったので休日診療所を受診。インフルエンザ迅速検査は陰性であった。無投薬で帰宅し、翌日には解熱した。入院当日夕方、再び38.5℃の発熱に気付き、不機嫌、哺乳力低下を伴うため21時すぎに当院を受診した。同居家族は両親と3歳の姉で、家族歴・既往歴に特記事項は無い。

入院時診察所見:体温38.7℃、呼吸数47/分、心拍数168/分、血圧90/40mmHg、SpO2 100%。不機嫌で末梢冷感を認めたが、チアノーゼや皮疹は認めず活力は保たれていた。鼻汁があり哺乳力が低下していた。大泉門膨隆はなく、咽頭、胸部・腹部所見にも異常なく、肝脾腫も認めなかった。

入院時検査所見:血液;WBC 20,400/µl(Neu 88.9%、Ly 7.8%、Mo 3.1%、Eo 0.0%、Ba 0.2%)、RBC 4.27×106/µl、Hb 11.7g/dl、Ht 33.4 %、Plt 25.3×106/µl、AST 66 IU/l、ALT 56 IU/l、LDH 330 IU/l、T Bil 0.3mg/dl、TP 5.2g/dl、Alb 3.2g/dl、UN 7mg/dl、Cr 0.21mg/dl、Na 138mmol/l、K 4.6mmol/l、Cl 104mmol/l、CRP 5.5mg/dl。髄液;細胞数 1.7/µl、蛋白24mg/dl、糖70mg/dl。

経過):入院後セフトリアキソン(CTRX)80mg/kg/dayを開始した。入院3日目にはCRPは改善傾向にあるものの、発熱、白血球増加が続くためCTRXを120mg/kg/dayに増量し、メロペネム(MEPM)120mg/kg/dayも追加したところ、入院4日目に解熱した。入院5日目に血液培養からNeisseria meningitidis が同定され、直ちに家族および接触者に予防対策を実施した。入院12日目に抗菌薬を中止した。入院時の頭部CTには異常なく、その後の腹部超音波検査でも副腎出血、無脾、副脾などの所見は認めなかった。免疫学的検査では、IgG 254mg/dl、IgA 7mg/dl、IgM 62mg/dl、CH50 38.7/ml、T cell 70%、B cell 25%、CD3 63%、CD4 46.3%、CD8 15.6%、PHAによるリンパ球幼若化検査49,800 cpm(control 188 cpm)と正常範囲であった。

細菌学的検査の概要:入院時の血液培養で髄膜炎菌が検出された。髄液、鼻腔、咽頭、尿、便からは髄膜炎菌は検出されなかった。分離菌の血清群別は分類不能で、遺伝子型23(ST-23)であった。薬剤感受性はABPC<0.06mg/l、MEPM<0.12 mg/l、CTX<0.06 mg/l、RFP<1mg/l、CTRXは感受性ディスク法(S)であった。

家族および接触者予防内服の概要:患児は頻回の鼻汁吸引が必要であったので、有効な治療を開始して24時間後までに飛沫を吸引した可能性のある同室児4名、医療関係者18名、同居家族3名は感染の機会があったと判断し、リファンピシンの予防内服を実施した。生後1カ月未満は5mg/kg/回を1日2回2日間、生後1カ月以降は10mg/kg/回を1日2回2日間、成人には600mg/回を1日2回2日間投与した。同居家族と同室者の咽頭と鼻腔培養を予防内服前に実施したが、髄膜炎菌は検出されなかった。その後も二次感染者は認めなかった。

考察:髄膜炎菌感染患者のうち30〜50%が髄膜炎を伴わずに菌血症を生じ、また菌血症の約1/4 の症例では皮膚症状が出現しないとされる。本症例は髄膜炎を合併せず、また特徴的なWaterhouse-Friderichsen症侯群などに陥らずに治癒した症例である。現状では髄膜炎に陥らない限り届出の義務は無く、このような敗血症のみで経過した症例の報告はされないので、本邦における髄膜炎菌感染症の全貌が把握できない状況にあるといえる。最近は首都圏など人口の過密地域での発症例が多く、外国との交流の増加に伴い、症例数の増加も懸念される。既にワクチンによる予防を実施している国もあり、今後本邦でのワクチンの必要性を検討するためにも、このような敗血症症例の情報も蓄積してゆくほうが望ましいのではないかと考えられた。

分離菌の解析をしていただきました国立感染症研究所細菌第一部・高橋英之先生に深謝いたします。

 文 献
番場正博, 髄膜炎菌感染症, 岡部信彦編, 小児感染症学, 診断と治療社, pp257-262, 2007

東京慈恵会医科大学附属第三病院小児科 玉置尚司 西野多聞 寺野和宏
    同   感染制御室 竹田 宏 松澤真由子

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