感染源調査によるポリオサーベイランス
(Vol. 30 p. 176-178: 2009年7月号)

感染症流行予測調査事業(平成10年度までは伝染病流行予測調査事業)によるポリオサーベイランスは、経口生ポリオワクチン(OPV)導入直後、定期予防接種導入直前の1962年に始められ、感染源調査と感受性調査の両面から、わが国におけるポリオ患者発生およびポリオウイルス伝播を監視するため、現在にいたるまで続けられている 1)。感染症流行予測調査事業によるポリオサーベイランスの結果は、2000年のWHO西太平洋地域のポリオフリー宣言の際、わが国の野生株ポリオ根絶を証明するための貴重な資料となり、また、毎年開催されているWHO西太平洋地域ポリオ根絶認定委員会において、日本のポリオフリーを証明するための基本データとして用いられている。

感染症流行予測調査事業によるポリオサーベイランスのうち、感染源調査は、わが国で分離されたポリオウイルスを解析することにより、野生株ポリオウイルスあるいはワクチン由来ポリオウイルス(VDPV)の輸入・伝播がないことを確認する目的で実施されている。感染源調査は主として、健常児糞便からのウイルス分離・同定に基づく病原体サーベイランスとポリオ様疾患患者等に由来するポリオウイルス分離株についてのウイルス学的解析に分けられる。

健常児糞便検体から分離される腸管ウイルスの解析
ポリオウイルスを含むエンテロウイルスは不顕性感染により潜在的に伝播する可能性がある。ポリオ様麻痺患者の疾患サーベイランスを補完する目的で、感染症流行予測調査事業の一環として、健常児糞便検体から分離される腸管ウイルスの解析を毎年実施している。日本各地の0〜6歳の健常児より、地域のOPV投与日から2カ月以上経過した時点で糞便検体を採取し、約15カ所の地方衛生研究所(地研)で、培養細胞を用いた腸管ウイルスの分離・同定を実施している。1998〜2007年までの10年間に分離・同定された腸管ウイルスを表1にまとめた。健常児糞便検体からは、毎年、多くの血清型のエンテロウイルスおよびアデノウイルスが検出されており、わが国における腸管ウイルス伝播の一般的状況を反映していると考えられる。健常児糞便検体サーベイランスからのポリオウイルス分離率は低く(10年間で11株)、OPV接種後ポリオウイルスが長期間にわたり健常児に伝播することはまれであることが示唆される。感染源調査により検出されたすべてのポリオウイルス分離株について、型内鑑別試験あるいは塩基配列解析により、野生株ではないことを確認している。2004年に富山県で分離された2型ポリオウイルスは、VP1領域の塩基配列解析の結果、ワクチン株と比較して1.2%の変異を有しており、WHOの基準によるVDPVと判定された 2)。そのため、追加サーベイランスおよびワクチン接種率調査を行い、当該地域で2型VDPVが長期間伝播している可能性はきわめて低いことを確認し、WHOへ報告した。

ポリオ様麻痺患者に由来するポリオウイルス分離株の解析
表2に、ポリオ様麻痺患者に由来するポリオウイルス分離株の解析結果を示す。臨床的にポリオと診断された患者の臨床検体から、地研等で分離されたポリオウイルスは、国立感染症研究所ウイルス第二部においてWHO標準法に基づく型内鑑別試験あるいは塩基配列解析による確認検査が行われる。1980年に長野県で検出された1型ポリオウイルス野生株以降、ポリオ様麻痺患者から野生株ポリオウイルスは検出されておらず、その結果、わが国では、30年近くにわたり野生株によるポリオ症例は報告されていない。ポリオウイルス分離により確認されたポリオ症例の多くは、接触者を含むワクチン関連麻痺症例であり、ポリオウイルス3型、2型の順に分離頻度が最も高く、1型ワクチン株の分離はまれである。

まとめ
わが国では、近年、野生株によるポリオ症例およびVDPV伝播によるポリオ流行は確認されていないが、WHO西太平洋地域では、野生株ポリオウイルスの輸入症例(孤発例)やVDPVによるポリオ流行が報告されており 3,4)、今後も精度の高いポリオサーベイランスを維持する必要がある。また、OPVによる予防接種を継続するかぎりワクチン関連麻痺の発生は不可避であり(IASR 29: 200-201, 2008)、質の高いポリオ様麻痺患者の疾患・病原体サーベイランスを継続することが重要である。

本事業は、厚生労働省健康局結核感染症課および地研等の協力のもと行われている。

文 献
1)木村三生夫, 他, 予防接種の手引き<第12版>, 205-215, 2008
2)岩井雅恵, 他, 富山県衛生研究所年報 28: 80-84, 2005
3) Wilder-Smith A, et al ., Emerg Infect Dis 14: 351-352, 2008
4) Kew OM, et al ., Annu Rev Microbiol 59: 587-635, 2005

国立感染症研究所ウイルス第二部
吉田 弘 和田純子 有田峰太郎 西村順裕 清水博之
国立感染症研究所感染症情報センター
佐藤 弘 北本理恵 山本久美 新井 智 多屋馨子

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