ポリオを世界中から根絶させることを目標として、世界保健機関(WHO)の主導によりポリオ根絶計画が推進されている。この取り組みは、AFPサーベイランス(急性弛緩性麻痺患者の報告と、患者の糞便のウイルス検査)をもとに進められている。しかしながら、ポリオウイルスは不顕性感染例が多いために、ポリオ麻痺患者が報告されていない地域でも、下水や河川水から、ワクチン株から大きく変異したワクチン由来ポリオウイルス(VDPV)や野生株が検出されることがある。
富山県では、過去30年にわたり断続的に環境水(河川水や下水)のウイルス調査を実施している。本調査により、1993年以降の環境水から検出されたポリオウイルスがすべてワクチン由来株であること 1)や、それらの中には神経毒性を復帰させたウイルスが存在すること 2-5)が明らかになった。また、住民のポリオウイルスに対する高い抗体保有率が、流行阻止に寄与していることが推測された 6)。
そこで、平成18年度(2006年)からは、流行地からの野生株ポリオウイルス侵入や、地域住民におけるVDPVの伝播を監視することを目的に、定期的に下水流入水中のポリオウイルス検出状況を調査し、ワクチン株であることの確認を行っている。そのために、月1回、県内1〜2カ所の下水処理場において下水流入水を採取し、フィルター吸着溶出法、またはポリエチレングリコール沈殿法により濃縮後、濃縮液をVero、MA104、RD-18S、HEp-2の4種類の培養細胞に接種して、ウイルス分離を行った。
2006年4月〜2009年3月までの3年間で、61株のポリオウイルスが下水流入水から分離された(図1)。血清型別では、1型が14株、2型が24株、3型が23株であった。月別では、4〜7月、および10〜12月にかけて検出され、検出時期は、春期と秋期における乳幼児へのワクチン集団接種時期から約2カ月の間に限られた。また、これらのウイルスのVP1領域塩基配列(1型906塩基、2型903塩基、3型900塩基)のワクチン株との差異は、1型では0〜0.44%、2型では0〜0.33%、3型では0.11〜0.56%であった。いずれもワクチン株と1%未満の差であるため、WHOの基準による経口生ポリオワクチン(OPV)-like poliovirusであった。野生株やVDPVはみられず、富山県における野生株の侵入や、VDPV発生の可能性は低いと考えられた。しかしながら、これらのウイルスが侵入・発生する可能性は常に存在するため、監視は続ける必要がある。
2008年末に発表された世界ポリオ根絶行動計画2009-2013 Framework document 7)ではAFPサーベイランス強化のために環境水調査によるウイルス追跡法の導入が盛り込まれた。不活化ポリオワクチン(IPV)を用いるスイスなど欧米ではVDPVおよび野生株の輸入探知のために環境水調査が実施されている 8)。わが国でも近い将来IPVの導入が検討されており、OPV-IPVへ切替えの証明、ならびに野生株輸入の効果的探知に、環境サーベイランスは役立つものと考えられる。
文 献
1) Matsuura K, et al ., Appl Environ Microbiol 66: 5087-5091, 2000
2) Yoshida H, et al ., Lancet 356:1461-1463, 2000
3) Yoshida H, et al ., J Gen Virol 83:1107-1111, 2002
4) Horie H, et al ., J Med Virol 68:445-451, 2002
5) Horie H, et al ., Appl Environ Microbiol 68: 138-142, 2002
6) Iwai M, et al ., Scand J Infect Dis 40: 247-253, 2008
7) http://www.polioeradication.org/content/publications/PolioStrategicPlan09-13_Framework.pdf
8) Zurbriggen S, et al ., Appl Environ Microbiol 74: 5608-5614, 2008
富山県衛生研究所ウイルス部
岩井雅恵 中村一哉 小原真弓 堀元栄詞 長谷川澄代 倉田 毅 滝澤剛則
国立感染症研究所 吉田 弘