食餌性が疑われたA型ボツリヌス中毒の事例
(Vol. 30 p. 187: 2009年7月号)

はじめに:食餌性ボツリヌス中毒は稀な疾患であり、本邦では2007年までにA型7件、B型3件、E型77件の食中毒事件が報告されている。今回、食餌性が疑われたA型ボツリヌス中毒を経験したので報告する。

症例:83歳の男性。既往歴、家族歴に特記すべきことはなし。

現病歴:2008年8月16日に桃およびパイナップルの缶詰と自家製ミョウガを食べた後より頻回の嘔吐が出現した。第2病日に複視、嚥下障害、呂律緩慢が出現し、当院に入院した。第3病日に口腔内乾燥著明であり、眼球運動制限や挺舌不良が出現し、ふらつき歩行や咳嗽微弱を認めた。第4病日に高度四肢麻痺を認め、呼吸減弱・両側声帯麻痺からCO2ナルコーシスとなったが、気管内挿管により意識は回復した。第5病日に再び自発呼吸微弱となり、O2低下およびCO2貯留を認めたため、人工呼吸管理(CMVモード)を開始した。同日当神経内科にコンサルトされ、病歴と所見からボツリヌス中毒が疑われ、転科となった。

転科時現症:体温36.4℃、脈拍80/分、血圧148/80mmHg。意識は清明。瞳孔は両側とも4.5mmで正円同大、対光反射は両側とも緩慢、眼球は正中固定していた。顔面筋力は低下し、高度の眼瞼下垂を認めた。四肢のMMTは2前後で、深部腱反射は一部亢進、一部減弱。自発呼吸は消失。高度の便秘と尿閉を認めた。感覚系に異常はみられなかった。

検査所見:血液検査で特に異常所見はなかった。神経伝導検査にてM波の振幅低下がみられたが、伝導遅延は認めなかった。反復刺激試験では、3Hzの低頻度刺激で6.7%のwaningを、強収縮後の低頻度刺激では10%のwaxingを認めた。

経過:病歴と所見から軸索障害を伴わない神経筋接合部の急性の障害と判断し、ボツリヌス中毒を第一診断と考え、血清学的診断を待たずに第7病日にABEF型混合の乾燥ボツリヌスウマ抗毒素を投与した。第10病日より眼球運動が改善し始め、第14病日に微弱な自発呼吸を確認した。第15病日に血清学的にA型ボツリヌス中毒と診断確定した。第18病日には眼球運動の制限がほとんどなくなり、第20病日には四肢筋力も改善し始めた。その後の回復はゆるやかで、第131病日に昼間のみ人工呼吸器の離脱が可能となり、第141病日に歩行器介助による歩行が可能となった。第189病日に人工呼吸器を完全に離脱できた。高度の便秘は約2週間で軽快したが、尿閉は改善しなかった。第222病日に尿閉に対する尿道カテーテル留置および嚥下障害残存のため気管切開をおいた状態で当院は終診となった。

細菌学的検査:細菌学的検査は検体を国立感染症研究所に送付して行った。第5病日に採取された患者血清をマウスの腹腔内に接種したところ、ABEF型混合抗体を投与したマウスは健康だったが、抗体を投与しなかったマウスでは強度の呼吸困難と弛緩性麻痺がみられ、ボツリヌス毒素による麻痺が疑われた。次に、各型の単独抗体と患者血清の混合物をそれぞれマウスに皮下注射したところ、A型抗体と患者血清を投与したマウスは健康だったが、他のB・E・F型抗体と患者血清を投与したマウスでは呼吸困難と麻痺が出現した。以上より、血清学的にA型ボツリヌス中毒と診断確定した。また、第17病日に採取された患者便をクックドミート(CM)培地に3日間培養したところ、上清中にA型毒素産生性ボツリヌス菌が確認された。この菌はB型サイレント遺伝子を併せ持っていた。PCRでもA型およびB型毒素遺伝子が陽性であった。第50病日に採取された便からも、培養後に菌が分離された。

原因食品として疑われた食品のうち、桃の缶詰は家で発見できなかった。パイナップル(缶詰)は、ハチミツレモンの瓶に移され黒ゴマが加えられていた。食品をCM培地で培養した上清に、マウス法でボツリヌス毒素(B型)様の陽性反応が認められた。しかしボツリヌス毒素遺伝子PCR 法で陰性、培養液を植え継いでも毒素活性が再現できず、菌の分離も行えなかった。患者宅の土壌・植物などの培養からもボツリヌス菌は検出されなかった。なお、自宅はいわゆる「ゴミ屋敷」の様相を呈しており、劣悪な衛生環境であった。全身に目立った外傷は無く、創傷性ボツリヌス症は否定的であった。

考察:本症例では、食中毒症状が先行し、病初期に内眼筋麻痺を含む脳神経障害、続いて四肢麻痺が急速に進行したこと、尿閉・便秘や著明な口腔内乾燥などの抗コリン症状を認めたこと、意識障害や感覚障害がみられなかったことなどから、ボツリヌス中毒が第一に疑われた。また、神経伝導検査や反復刺激試験の結果から重症筋無力症やEaton-Lambert症候群、Guillain-Barré症候群などを除外し、臨床的にボツリヌス中毒と診断した。このため、血清学的な診断を待たずに、早期にボツリヌスウマ抗毒素を投与した。一般的に症状の改善には数週〜数カ月かかるといわれているが、本症例では病初期から早期に良好な回復がみられた。しかし、その後の回復は緩やかであった。患者が高齢者であったこと、元来の栄養状態や体力が良好でなかったことなども影響していると考えられる。

最終的に感染源は不明。患者は独居で家族はおらず、近隣地域の住民に発症者のない単独発症事例であった。

自治医科大学神経内科
深谷幸祐 中村優子 滑川道人 池口邦彦 川上忠孝 中野今治
国立感染症研究所細菌第二部 見理 剛 高橋元秀

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