1.国内感染初報告事例検査の経緯
2009年5月12日、神戸市保健所を通してサーベイランス定点外の医院から、インフルエンザ迅速検査でA型陽性となった検体について、季節性インフルエンザ亜型同定の検査依頼があった。
同日午後5時前に搬入された検体は、迅速検査の残液0.1ml弱であった。検査担当者が主治医に直接連絡し、ウイルス分離ができないこと、遺伝子検査ができるかどうかも保証できないことなどコミュニケーションをとる中で、海外渡航歴はないが家族の心配を除くため、結果は遅くなってもよいということで、新型インフルエンザについても検査を行うことになった。
検体搬入後すぐにRNA抽出を行った。しかし、その直後に発熱外来から当時の疑似症例の定義に合致する患者(渡航歴あり、38℃以上の発熱、急性呼吸器症状)が発生したとの連絡を受け、この検査を優先するため、当該検体の検査を一時中断した。翌13〜14日は、市内でノロウイルスによる大規模な食中毒が2件発生し、また発熱外来から別の緊急検査が入ったため、リアルタイムPCR機器は終日稼動中であった。5月15日になって、この検体の検査を再開した。
2.方法と結果
Type A/M、H1pdm亜型、H1(ソ連)亜型、H3(香港)亜型の4遺伝子の検査を行うこととしたが、国立感染症研究所からはソ連型、香港型のリアルタイムRT-PCR法は示されていない。そこで、この2種類については東京都健康安全研究センターのプライマーとプローブ [化学生物総合管理 4(1): 4-16, 2008、蛍光色素FAMに変更]を採用し、感染研のマニュアル(Type A/M、H1pdm、2009年5月ver.1)をベースにして、4遺伝子同時に検査を行った(事前の検討で2008/09シーズンの季節性インフルエンザについてはこの方法で検出が可能であるとの結果を得ていた)。
結果は、表に示したようにType A/M(+)、H1pdm(+)、ソ連型(‐)、香港型(‐)という渡航歴のない患者としては予期せぬものだったため、すぐに再検査を行い、同時に感染研マニュアル(2009年5月ver.1)のConventional RT-PCR法も実施した。再度Type A/M(+)、H1pdm(+)の結果を得たことから(表)、直ちに幹部職員の非常招集と判定会議を実施し、神戸市新型インフルエンザ対策本部へ連絡を行った。さらに、確定診断のため感染研へ検体(RNA)を搬送した。
また、Conventional RT-PCRの産物からヘマグルチニン(HA)の部分塩基配列314塩基を決定した。BLASTで検索した結果、海外で分離されているインフルエンザウイルスA(H1N1)pdmのHAと100%一致し、陽性であることがほぼ確実となった。
翌16日、感染研での確定検査が行われ、陽性と確認され、国内感染患者からの初めての検出事例となった。
3.Stage2の検査対応
濃厚接触者のほか、マスコミ報道を受け、発熱相談センターを通さず直接発熱外来を受診する患者が続出し、それに伴って検査が急増した。直ちに「神戸市環境保健研究所新型インフルエンザ検査対応マニュアル」に基づき、あらかじめ決めていたStage2の対応、すなわち検体運搬班、検体処理(不活化)班、RNA抽出班、PCR班を複数班編成するとともに、その他後方支援の各班を結成し、全所員による2交代24時間検査を実施した。検体は増え続け、17日には100検体を超えたため、20日には急遽リアルタイムPCR機器を1台から3台に増設した。また、21日からは保健所衛生監視事務所から1日当たり6名の応援を得て検査に対応した。5月末までに、1,305名について検査を実施し、そのうち108名が陽性となった(1日あたりの最大検査件数は21日の209件)。
4.Lead Districtの役割
当初、発熱相談センターから発熱外来へ誘導された濃厚接触者等は、結果が判明するまで発熱外来に留め置かれていたため、PCR検査では正確さに加え迅速さが求められた。さらに、当研究所で逐次入力した検体情報および検査結果は、発熱外来の状況や、市内の発生地域をリアルタイムに反映する情報となっていた。これらは、市対策本部、医療機関、学校等関係機関・団体、さらには国対策本部において、適切で素早い対応をとるための重要な情報の一つであった。健康危機管理の上で、初発患者とそれに続く集団発生を経験した地域として、現状を把握・発信し、対策につなげていくという、いわゆるLead Districtの役割の一端を担うことができたと思われる。
ご協力ご支援いただいた各方面に感謝申し上げます。
神戸市環境保健研究所 新型インフルエンザ検査チーム