サルモネラ属菌による大規模食中毒事例の発生要因について−静岡県
(Vol. 30 p. 207-209: 2009年8月号)

はじめに
2007年9月18日、19日の両日、静岡県内の仕出し屋で調製した仕出し弁当を喫食した9,844人中1,148人が、9月19日午後3時頃より下痢、腹痛、発熱、嘔吐等の症状を呈し、調査の結果、Salmonella Enteritidisによる食中毒であることが判明した。

本事件は提供食数の多いことと、2日間にわたり患者の発生をみたことから、患者数1,000人を超える2007年次最大の食中毒事件となったので、その概要を報告するとともに発生要因について考察した。

事件の概要
1.発生の探知:2007年9月20日、患者を診察した医師より「9月19日夕方より激しい水様性下痢と発熱を呈した患者を診察したところ、勤務先に同様の症状の患者が数名いるとの情報を得た。患者らは全員同じ仕出し弁当を喫食しているため食中毒の疑いがある」旨の情報提供があった。

2.発生年月日:2007年9月19日
3.患者数:1,148人(男性797人、女性351人)、喫食者数9,844人
4.原因施設:飲食店営業(仕出し屋)
5.病因物質:Salmonella Enteritidis
6.施設に対する措置:9月21日〜9月26日(6日間)の営業禁止処分
7.摂取食品:(9月18日)他人丼煮物(豚肉、糸こん、人参他)、コロッケ、ところてんの酢物、秋刀魚塩焼き、しそひじき、ご飯
(9月19日)味噌カツ、白菜ともやしのお浸し、桜海老・筍・ザーサイ炒め物、茶そば、ウインナーソテー、ご飯

8.病因物質検出状況:患者便26検体中20検体および調理従事者便23検体中2検体からS . Enteritidisが検出された。しかしながら、保存食および施設内ふきとりからは検出されなかった。

分離株(患者由来10株および調理従事者由来2株)について、制限酵素Xba IおよびBln Iによるパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)による分子疫学解析を実施したところ、すべての株が同一の遺伝子切断パターンを示し、感染源が同一である可能性が強く示唆された(図1および図2)。

なお、調理施設内27カ所のふきとりおよび9月18日および19日の保存食からS . Enteritidisは検出されなかった。

9.発病率:11.6%
10.平均潜伏時間:42時間6分

発生要因
1.施設の構造等:当該施設は、1階に前処理室、盛付室、洗浄室、食器保管室、2階に製造室から構成され、食品はダムウェーターにより移動していたがその動線は複雑であった。

さらに、すべての施設に空調設備はなかった。

6月に実施した点検では、床面、壁、天井等に破損箇所が多数認められたため、早急に修繕するよう指導票を交付していた。

また、使用不能な手洗い設備があり、調理室内の清掃、整理整頓も十分な状況ではなかったため、重ねて指導票を交付していた。

2.食品の調理工程:病因物質が、S . Enteritidisと特定されたことから、事件発生日に鶏卵を使用した調理が行われたか調査したところ、事件発生第1日目の他人丼風煮物に使用されていた。

統計処理の結果、喫食状況に有意差は認められなかったが、病因物質から推察すると、最も疑わしい食品であると示唆されたため、その調理方法について精査した(表1)。

3.鶏卵の遡り調査:9月18日のメニューに使用した原因卵は9月15日に当所管内のGPセンターから納入されていたことから、当該施設の立入り調査を実施した。

当該GPセンターでは、卵は各鶏卵業者からプラスチック製ラックで納入され、オゾン洗浄、検卵、選別、パッキングまでをオンラインで行っており、包装された鶏卵は25℃の温度下で保管され、翌日までには出荷される。

細菌検査は、週1回サルモネラ属菌および大腸菌についてふきとり検査を実施していた。

当該施設での処理や衛生管理には特記すべき問題点はなく、温度管理や卵の滞留も確認されなかったことから、当該GPセンターでの汚染の可能性は低いと思われた。

原料卵の仕入れ元である各養鶏場については、農政部局へ情報提供し、確認および指導を依頼した。

その結果、11月13日の鶏舎ふきとりおよび飼育鶏盲腸便の調査では、S . Enteritidisは検出されなかった。

4.原因施設の従業員の健康状態:調理従事者23名の聞き取り調査の結果、9月18日以前に下痢、腹痛等の症状を呈していた者はなく、いずれの従事者も健康状態は良好であった。

検便の結果、23名中2名からS . Enteritidisが検出された。調理従事者はいずれも当該施設で調理した弁当を喫食しており、また、2名の発症は19日の調理終了後であること、分離株のPFGEによる分子疫学解析結果から患者と同一の感染源であることが強く示唆されたことから、S . Enteritidisが検出された従事者も発症者同様当該施設で調理された弁当の喫食により発症したものと推察された。

考 察
本事件では、2日間にわたって患者の発生が認められた。

保存食からS . Enteritidisは検出されなかったが、原因食品としては、9月18日に提供された鶏卵使用メニュー「他人丼風煮物」が最も疑われた。

しかしながら、9月19日の発生要因については原因として可能性を示唆する食品の提供がなかったことから、9月18日とは別の発生要因があったものと考察した。

18日の発生要因は、第一に原材料(鶏卵)の汚染と液卵の製造方法である。表1に示した液卵の製造方法では、使用卵の中にS . Enteritidisに汚染された鶏卵があった場合、その汚染は液卵全体に拡大してしまう可能性が高く、加えて当該の殻の処理方法では、on eggの汚染が液卵に与える影響が大きいものと推察された。

第二に、食材特に液卵の長時間高温下での室温放置により原因菌が増殖した可能性が強く示唆された。特に空調設備がなく残暑が厳しかった当時の温度条件は、調理をしていない時で37℃を超しており、さらに液卵は100分以上室温放置されていた可能性もあり、S . Enteritidisの増殖には十分な条件下であったと考えられた。

第三に、調理工程における加熱不足の可能性が示唆された。すなわち、調理は大きなニーダーを利用し、中心温度測定ではなく調理従事者の感覚のみで行われており、S . Enteritidisを殺滅するのに十分な加熱処理が行われなかった可能性が示唆された。

一方、19日の発生要因については、液卵作製時および器具洗浄時に使用した前処理室が、作業工程の中で汚染され、二次的に他の食品を汚染した可能性が最も高いものと考えられた。加えて、液卵を蓋をせずに他の食品と一緒に保存する等の食品取り扱いのずさんさも、二次汚染を引き起こす原因となったものと考えられた。

なお、S . Enteritidisが検出された調理従事者は、9月18日に当該施設で調理した仕出し弁当を喫食していること、また、発症は19日の調理終了後であることから、調理従事者からの汚染の可能性は極めて低いものと考えられた。

最後に、1,000人を超える大規模食中毒に遭遇し、初動体制の調整、効率的な疫学調査、医療機関への情報提供、二次的事故の発生防止等について、危機管理体制構築の重要性を再認識した。

静岡県西部健康福祉センター
長岡宏美1) 山崎 恵2) 高木千佳1) 森 健3) 飯田卓見 木村雅芳
 1)現:静岡県環境衛生科学研究所
 2)現:静岡県賀茂健康福祉センター
 3)現:厚生部生活衛生室
静岡県環境衛生科学研究所
廣井みどり 川森文彦 杉山寛治

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