ミシシッピアカミミガメのSalmonella 保有実態
(Vol. 30 p. 212-213: 2009年8月号)

ペット用カメに由来するサルモネラ症(turtle-associated salmonellosis、以下TAS)はわが国では1975年に初めて報告され1) 、その後もミシシッピアカミミガメ(Trachemys scripta elegans 、Red-eared slider、以下RES)を中心にしたカメ類を感染源とする症例が散見される。2005年には千葉県船橋市で発生したRESが関連するTASが2例報告され2) 、厚生労働省はその年の12月に爬虫類から感染するサルモネラ症に対する注意喚起を行った3) 。そこで我々は、2006〜2008年度(平成18〜20年度)の厚生労働科学研究費補助金(新興・再興感染症研究事業)「動物由来感染症のコントロール法の確立に関する研究」(研究代表者・吉川泰弘)において、あらためてRESのSalmonella 保有実態を調査した。

東北、関東、近畿および九州地域の関係機関にご協力をいただき、29店舗から60回、計227匹のRESの幼体を購入した。このうち28店舗(97%)で55回(92%)、188個体(83%)からSalmonella 属菌が検出された。さらに、25店舗(86%)で50回(83%)、120匹(53%)から亜種I(23血清型)が分離された()。この中には、S . Paratyphi B、S . Saintpaul、S . Braenderup、S . Oslo、S . Litchfield、S . Muenchen、S . Narashino、S . NewportおよびS . Poonaといった、爬虫類から高頻度に検出される血清型が含まれていた。

分離株をパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)で解析した結果、S . MontevideoやS . Newport、S . Litchfield、S . Sandiegoなどに、それぞれ同一パターンを示す菌株が複数の店舗から検出された。このことは、米国での事例のように4) 、パターンが同一の菌株を原因とするTASがわが国の広い範囲で発生する可能性があることを示唆していた。実際に、2006年の調査において、関東地域の小売店で購入したRES由来株と同一のPFGEパターンを有するS . PoonaによるTASが同年に山形県で発生していた5) 。患者の家族は自宅にRESを飼育しており、患者由来株と飼育カメ由来株のPFGEパターンも一致した。また、「広域における食品由来感染症を迅速に探知するために必要な情報に関する研究」(パルスネット研究班)(研究代表者・寺嶋淳)と共同で、2006年度のRES由来株と同一のPFGEパターンを示すヒト由来株を調査した。その結果、東北、近畿および九州の店舗で購入したRESからの分離株と類似したパターンを示すヒト由来S . Montevideo株が近畿地域で分離されていたが、RESとの関連を明らかにすることはできなかった。

分離株の薬剤感受性を調べたところ、ゲンタマイシン、カナマイシン、ストレプトマイシンおよびテトラサイクリンに耐性を示す株が検出された。このうちゲンタマイシン耐性株は、米国の養殖場由来菌株で報告されたゲンタマイシン耐性関連遺伝子[aac(3)-IIa ]6) を有していた。米国のRES養殖場では、産卵場から集めた卵にSiebeling法と呼ばれる、抗菌薬を用いたSalmonella 除菌法を行っている。この方法によりほとんどのSalmonella は除かれるが、残った菌が孵化後の幼体に蔓延するとされ、この除菌法に由来するゲンタマイシン耐性菌も問題となっている。

爬虫類がSalmonella の保有動物であり、サルモネラ症の感染源となることは広く知られている。中でも、TAS患者の年齢層がヘビやトカゲが関連する患者のそれと比較して低いことから、爬虫類の中でもカメが原因として最も重要とされている。年齢層が低い理由として次の2点が挙げられている。

(1)ヘビやトカゲあるいは高価なカメは愛好家が飼育するが、安価なカメは子供のペットとして飼育される傾向がある。
(2)親はカメをかみ付いたり逃げたりしない安全なペットと考えがちで、おもちゃのように子供に買い与える。

ペットとして販売される多様なカメの中でも、RESは養殖技術が確立されており、米国ルイジアナ州を中心に毎年1,000万匹前後が生産され、世界中で最も流通している爬虫類である。原産国である米国では1960年代からTASが問題となり、RESのSalmonella 保有状況調査、あるいはTASの発生状況などの疫学調査によるリスク評価が行われた。それらの結果を受けて1975年に甲長が4インチ以下のカメの販売を米国内で禁止する法律がFDAにより制定され、現在に至っている。これにより、小児のTASが年間100,000症例減少したとされている。一方、この法律は輸出を規制していないため、RESは米国から世界中に輸出されており、わが国へはピーク時に年間約100万匹、2005年の「動物の愛護及び管理に関する法律」の改正以降は年間約20万匹が輸入され、体色が緑色であることからミドリガメという通称で売られている。

TASはわが国においても散見され、小児や高齢者では重症化の可能性があることから注目されているが、患者の発生頻度や重症化の割合などの実態がまったく把握されていないのが実情である。高率にSalmonella を保有するRESが大量かつ安価に販売されていることから、TAS発生のリスク評価を行った上で、法的規制や啓発活動の強化などの対策を講じる必要がある。

最後に、RESのSalmonella 保有調査にご協力いただきました関係機関の方々に深謝いたします。

 文 献
1)中森純三, 他, 臨床と細菌 3: 88-94, 1976
2)長野則之,他, IASR 26: 342-343, 2005
3)厚生労働省健康局結核感染症課,健感発第 1222002号,2005
4)CDC, MMWR 57: 69-72, 2008
5)金子紀子, 他,第34回山形県公衆衛生学会抄録, 2008
6)Díaz MA, et al ., Appl Environ Microbiol 72: 306-312, 2006

神奈川県衛生研究所 黒木俊郎 石原ともえ 伊東久美子
麻布大学獣医学部 宇根有美

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