瘡蓋より菌の分離された破傷風の一例
(Vol. 30 p. 216- 217: 2009年8月号)

破傷風は偏性嫌気性で芽胞を有するグラム陽性桿菌であるClostridium tetani の産生する毒素によって起こる疾患である。最近では、症例の経験がない施設が多く、診断がされにくくなってきている。

今回、我々は患者の挫創部位の瘡蓋の培養で毒素産生性のC. tetani を同定し、病原体診断にいたったので、報告する。

症例:患者(80歳男性)、主訴(開口障害)。

現病歴:2008年9月末に自宅前のコンクリートで転倒し、左手を負傷したため家で治療していた。摂食良好であったが、10月6日の朝より開口障害を認め、近医を受診した。頭部MRIを施行されたが異常がなかったため、破傷風の疑いで当院紹介となる。左手首の挫創と開口障害を認めたため、破傷風と診断し同日入院となった。

既往歴:肋膜炎(左肺)、77歳:胃Ca(胃全摘)、78歳:肺結核(右肺)。

入院時の身体所見:意識鮮明、歩行可能、血圧164/102mmHg、体温37.5℃、脈拍数103/分、SpO2 94%、開口障害あり、5mm程度しか開口できない(特徴的な破傷風顔貌)、やや呼吸困難、左手首の挫創はやや腫脹していたが傷口はふさがっていて、瘡蓋ができていた(図1)。

入院時血液検査所見:ALT 40 IU/l、LDH 238 IU/lと軽度上昇。CRP4.61 mg/dl、白血球17,300/µl(好中球92.5%)炎症反応上昇。

臨床経過:臨床所見より破傷風と診断し、破傷風免疫グロブリン3,000単位を静注し、破傷風トキソイド0.5mlが投与された。翌日より呼吸困難が進行し、呼吸筋麻痺が考えられたため、気管切開した。頸部、四肢筋の硬直出現、間欠的な痙攣も見られた。創部の肉芽組織の中に破傷風菌が残存している可能性もあるため、デブリードマン洗浄を行った。入院後1週間で痙攣は治まった。嚥下訓練、リハビリテーションを開始し、11月末には気管カニューレが抜去でき、頸部、四肢筋の硬直、開口障害も徐々に改善し、12月27日退院となった。

細菌学的所見:入院時に血液培養と、左手首の挫創部の瘡蓋を採取して培養を行った。瘡蓋をHK半流動培地に接種して培養した。翌日の培養液のグラム染色では、破傷風菌様の菌は認められなかったので、培養液をブルセラHK/RS培地に塗布し、嫌気的条件で培養を行った。翌日に培地辺縁部に菌の遊走している部分があり、グラム染色をすると、太鼓のばち状をした芽胞を有するグラム陽性桿菌が認められた(図2)。培地上では、嫌気性グラム陽性球菌、芽胞を有する嫌気性グラム陽性桿菌、グラム陰性桿菌など複数のコロニーが認められた。破傷風菌を単離するために、遊走部分から、ブルセラHK/RS培地の辺縁に穿刺し、嫌気的条件で培養を行った。翌日培地の3分の1程に遊走していたので再度、先端部分から分離培養を行い、単離することができた。純培養できた菌を、嫌気性菌用同定キットのRapID ANAIIを用いて同定を行った結果、C. tetani と同定された。

破傷風毒素の検出:治療前の患者血清と患者瘡蓋を培養した菌のクックドミート培養上清についてマウスを使った破傷風毒素原性試験を行った。この結果、患者血清からは毒素は検出限度以下であったが、培養上清から破傷風毒素を検出した。

考察:破傷風は、破傷風菌の芽胞が創傷部位から組織に侵入し、発芽増殖した結果産生される破傷風毒素によって発症する。芽胞は熱や酸素にも強く、広く土壌中に常在すると言われている。今回のようにコンクリート上でも、転倒して負傷した擦過傷から感染することもあるので、破傷風菌に対する抗体のない老人では開口障害などの臨床症状があれば破傷風も考えて、治療することが必要だと思われた。また、通常破傷風菌の分離には創傷部の組織や膿が用いられるが、発症した時には傷口が治癒していて菌を検出することができないことが多い。しかし、本症例では治癒していた創傷部の瘡蓋を培養して、破傷風菌を分離することができた。破傷風菌の芽胞は、表面上は治癒していても創部内部の肉芽組織の中に残っていることもあるので、瘡蓋の培養は病原体診断に有益であろう。

岡山協立病院
 臨床検査科 入江由美 岡 真起子
 診療部 山根弘基 杉村 悟
国立感染症研究所細菌第二部 山本明彦 高橋元秀

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