1.免疫学的検査法
従来のHIV感染症の診断では、EIA(酵素免疫測定法)あるいはPA(粒子凝集法)によるスクリーニング検査の陽性者に対してWB(ウエスタンブロット法)で確認検査を行うことが一般的であった。当初のEIAは、WBと比較して感度は同等であったが、特異度の点で劣っていたため、低コストのEIAをまず行い、それで陽性と判定された検体をWBで再検査するというプロトコールは理論的にも経済的にも合理性があったと思われる。しかし、EIAの性能はその後格段の進歩を遂げ、第4世代と呼ばれる最新の検査試薬では、HIV-1の抗体と抗原、それにHIV-2の抗体を同時に検査することができ、また検出感度自体も向上したため、WBに比べて約20日間も早期にHIVを診断できるようになった。そのため、最新のEIAで陽性となった検体をWBで確認検査をすると、急性期の感染を見落としてしまう可能性が高くなってきた。このような問題に対処するため、日本エイズ学会と日本臨床検査医学会は「診療におけるHIV-1/2の診断ガイドライン 2008」を今年公表した。このガイドラインでは、抗原抗体同時スクリーニング検査を行ったあと、陽性例に対しては確認検査としてHIV-1のWBとRNA定量法を同時に行うことを推奨している。また、HIV-2の診断もWBを用いてできる限り正確に行うことを求めている。ただし、HIV-2の診断に関しては、抗原検出が可能なEIAやRNAを検出できる核酸増幅法が市販されていない現状では、HIV-1と同じレベルで正確に診断するのは実際上非常に難しい。この問題に対処するための一つの有効な方法として、献血液の検査で用いられているような、HIV-1 RNAとHIV-2 RNAの同時検出法の導入が考えられる。
イムノクロマトグラフィーを原理とするHIV-1/2の迅速検査法が保健所等の検査施設や民間クリニックで使用されている。現在使われている迅速検査法は、第4世代スクリーニング法に比べて感度が若干低いが、15分で検査結果が出るため、陰性の場合は即日で結果を受検者に返すことができる。最近、HIV-1の抗原も同時に検査ができる迅速検査法(富士レビオ)が認可されたが、販売直後にHIV-2抗体に対するプロゾーン反応の問題が見つかったため、今のところ販売が中止されている。今後、抗原抗体同時迅速診断法が、他のメーカーからのものも含め、販売されるようになるであろうが、その使用にあたっては、抗原の検出感度がどの程度であり、それがHIV-1の早期診断にどれぐらい役立つかを十分検討する必要がある。
2.RNA定量法
HIV-1 RNA定量法は、HIV-1感染症のフォローアップ、特に抗HIV薬による治療効果を判定するために重要な検査手段である。HIV-1診断においても利用されていることは先に述べた。わが国においては、RT-PCRとハイブリダイゼーションを原理とするロシュ・ダイアグノスティクスのアンプリコアHIV-1モニター(以下、アンプリコア)が長らく使用されてきたが、2007年12月、リアルタイムPCRを原理とするコバスタックマンHIV-1(以下、コバスタックマン)が同じ会社から発売された。また、アボットからも2009年1月、同じくリアルタイムPCRを原理とする製品が発売されている。リアルタイムPCR法は、従来の方法に比べて自動化が進み、迅速で定量範囲が広いという特徴がある。
さて、2008年3月頃から検査センターにおけるHIV-1 RNA定量は、アンプリコアからコバスタックマンに次第に置き換わって行ったが、その過程でコバスタックマンによる患者の血中HIV-1 RNA測定値がアンプリコアによる測定値よりも2〜3倍高くなることが多くの医療施設から報告された。このことは、エイズ臨床研究センターや東京医科大学の大規模な研究においても確かめられた。特に、アンプリコアでは検出限界以下(<50コピー/ml)であった症例で、コバスタックマンで測定されるようになると、50コピー/ml以上になることが多くなったため、患者や臨床医の間に困惑が広がった。ロシュからの最新の情報によると、血漿検体を用いた場合の測定値の乖離は、血漿分離管の不具合による、感染リンパ球の血漿への混入が原因である可能性が高いらしい。しかし、より一般的に用いられている血清検体における測定値の乖離の原因については今なお不明のままである。
一方、ヨーロッパでは逆の現象が起こっていた。すなわち、コバスタックマンの測定値がアンプリコアのそれより有意に低いというのである。最近、その原因の一つが、コバスアンプリコアで使われている下流プライマーと一部のHIV-1との特定の1塩基ミスマッチにあり、それが定量値を1/100以下に低下させるという論文が発表された(Kornら、2009)。このミスマッチはデータベースに集められたHIV-1塩基配列の2%で見られるらしい。国内においても、このミスマッチを原因とするHIV RNA定量値の低下が観察された(近藤ら、エイズ学会発表予定)。ロシュでは、以上のような問題に対処した、新しいバージョンのコバスタックマンを申請することを予定しているようだ。
3.薬剤耐性検査法
薬剤耐性検査法は、抗HIV薬による初回治療やサルベージ治療における薬剤選択に広く利用されている。一般には、血漿中HIV-1 RNAの逆転写酵素やプロテアーゼなどのコーディング領域をRT-PCRで増幅させたあと、この増幅産物を用いて直接シーケンシングを行い、薬剤耐性に特異的な変異を見つけることによりウイルスの薬剤耐性を評価している。一方、HIVは遺伝子的に非常に多様な個体からなる集団であり、薬剤耐性変異に関しても野生型と耐性型が混在している場合が多い。薬剤耐性検査に直接シーケンシングを用いた場合、存在割合が20〜30%以下の野生型あるいは耐性型の塩基を検出することは非常に難しい。直接シーケンシングでは見つけられないような微少薬剤耐性ウイルスの存在が抗HIV治療にどの程度影響を及ぼすかを、アリール特異的リアルタイムPCRなどの最新技術を用いて現在盛んに調べられている。今のところまだ明確な結論は出ていないが、3TC/FTCやEFV/NVPのような、それらに対する耐性変異の遺伝的障壁が低い薬剤に関しては、微少薬剤耐性ウイルスの存在と治療効果の低下の間に有意な相関があると報告されている。今後、わが国においても、治療失敗例における微少薬剤耐性ウイルスの役割について詳細に検討する必要があると考えられる。
慶應義塾大学医学部微生物学・免疫学教室 加藤真吾