図1は、1985〜2007年に当院で死亡したHIV感染者200例の死因の推移を示したものである。AIDS指標疾患、細菌感染症、肝疾患(肝細胞癌を含む)、非AIDS関連悪性腫瘍に着目し、HAART出現前の1985〜1996年(Pre HAART期 100例)、HAART出現早期の1997〜2002年(early HAART期51例)、最近の2003〜2007年(late HAART期 49例)の3期に分けて検討してみると、AIDS指標疾患は、依然として多数を占めているが、HAARTが可能となった1996年以降は、肝疾患と非AIDS関連悪性腫瘍の増加が明らかである。この傾向は、海外の報告と軌を一にするものと考えられる。
HIV感染症と慢性肝炎
以下に、HIV感染症と慢性B型肝炎および慢性C型肝炎の関連について触れてみたい。
B型肝炎は、HIV感染症と同様に、主に性行為により感染が伝播し、HIV/HBV重複感染例は少なくない。このため、HIV感染者には、定期的なHBVマーカーの確認が推奨されている。米国・西ヨーロッパでは、HIV感染者の6〜14%にB型肝炎の合併が報告されている 1)。
慢性B型肝炎は、小児期におけるHBV感染のみならず、成人での感染でも認めるが、免疫不全を有するものでは、さらに慢性肝炎へ移行する可能性が高くなる。HIV感染者に認めたHBV感染の約30%が慢性肝炎へ移行するといわれる。重複感染例は、HBVウイルス量が非HIV感染者と比較して高値を示し、肝硬変、肝細胞癌への進展が促進される 2)。
B型肝炎の治療に、ラミブジン(3TC)、アデホビル、エンテカビルが用いられているが、HIV感染者に合併した慢性B型肝炎は、HBV単独感染例と治療方針が異なる点に注意を要する。
HIV/HBV重複感染例の治療は、原則としてHIV・HBVの両者に活性を有する抗ウイルス剤を含むHAARTによる治療が推奨されている。両者に活性を有する市販薬は、テノホビル(TDF)、エムトリシタビン(FTC)、3TCである。現在、TDFにFTCまたは3TCの2剤を含むHAARTが用いられており、3TC、アデホビル単剤より強力な抗HBV作用を認める 4)。治療例として、HIV感染症に合併した慢性B型肝炎の急性増悪にHAARTを投与した自験例の経過を図2に示す。本例では、HIV・HBVに対して良好な抗ウイルス効果が認められ、肝炎の抑制およびCD4 陽性リンパ球数の上昇が認められている。
HIV/HBV重複感染例に対して、HIV感染症の存在を認識されずに、HBVへの治療として、抗ウイルス薬の単剤投与を行うと、HIVへの治療に支障を与える。HIV/HBV重複感染例に3TC を単独投与すると、HBVは抑制されても、HIVには不十分な治療となるため、HIVの3TC 耐性が誘導される。また、エンテカビルは、当初はHIVへの影響が皆無とされ、HIV/HBV重複感染例に対して、HBVのみの抑制に単剤で用いられていたが、このような例において、HIVに3TC 耐性が誘導されたとの報告があった。このため、現在ではHIV/HBV重複感染へのエンテカビルの単独での使用は行われない 3)。
C型肝炎もHIV感染症、B型肝炎と同様に、血液や性交渉を介して感染するが、血液によるものが主とされる。HIV感染症のC型肝炎への影響として、垂直感染による感染率の上昇、HCVウイルス量の増加、肝の炎症および線維化の促進、HAARTによる薬剤性肝障害の発生率上昇、などがあげられている。C型肝炎の治療は、非HIV感染者と同様であり、インターフェロン、リバビリンが使用されるが、一部の抗HIV薬との併用が、乳酸アシドーシスを誘発する危険性から禁忌である点に注意すべきである。
HAARTの効果について、HIV/HCV重複感染例とHIV単独感染例を比較したデンマークの研究からは、HAARTによるHIVの抑制とCD4 陽性リンパ球数の改善がいずれもHIV/HCV重複感染例において劣ることが示されている 5)。HAARTによるHIV感染症への治療がHCVの進行抑制に寄与するかは異論の多いところであり、現時点では明らかとなっていない。
まとめ
HIV感染症は、HAARTにより慢性疾患へ変貌したが、ウイルス性肝炎に関連した死亡例の増加が指摘されている。ウイルス性肝炎とHIV感染症は、同様の感染経路で伝播し、合併する頻度が高い。両者は相互に作用し、臨床経過に影響を与え、その後の治療選択にも関連する。このため、ウイルス性肝炎を診断した際は、HIV感染症の確認が必須である。ウイルス性肝炎対策は、HIV感染者のさらなる予後改善を目指す上で、重要な問題となっている。
参考文献
1)Sheng W-H, et al ., Clin Infect Dis 45: 1221-1228, 2007
2)Cheruvu S, et al ., Clin Liver Dis 11: 917-943, 2007
3)McMahon MA, et al ., N Engl J Med 356: 2614-2621, 2007
4)Benhamou Y, J Hpt 44: S90-94, 2006
5)Weis N, et al ., Clin Infect Dis 42: 1481-1487, 2006
東京都立駒込病院 菅沼明彦