ウイルス性肝炎とHIV感染症
(Vol. 30 p. 237-238: 2009年9月号)

HIV感染者における死因の変化
HIV感染症は、強力な多剤併用療法(highly active anti-retroviral therapy: HAART)が可能となった1990年代後半より、長期生存が可能となり、慢性疾患へと変化してきている。海外からの報告では、HIV感染症の免疫低下を背景に出現する日和見感染症による死亡率の低下が報告される一方で、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス(HCV)による肝硬変、肝細胞癌や、非AIDS関連悪性腫瘍を原因とした死亡者の増加が指摘されている。

図1は、1985〜2007年に当院で死亡したHIV感染者200例の死因の推移を示したものである。AIDS指標疾患、細菌感染症、肝疾患(肝細胞癌を含む)、非AIDS関連悪性腫瘍に着目し、HAART出現前の1985〜1996年(Pre HAART期 100例)、HAART出現早期の1997〜2002年(early HAART期51例)、最近の2003〜2007年(late HAART期 49例)の3期に分けて検討してみると、AIDS指標疾患は、依然として多数を占めているが、HAARTが可能となった1996年以降は、肝疾患と非AIDS関連悪性腫瘍の増加が明らかである。この傾向は、海外の報告と軌を一にするものと考えられる。

HIV感染症と慢性肝炎
以下に、HIV感染症と慢性B型肝炎および慢性C型肝炎の関連について触れてみたい。

B型肝炎は、HIV感染症と同様に、主に性行為により感染が伝播し、HIV/HBV重複感染例は少なくない。このため、HIV感染者には、定期的なHBVマーカーの確認が推奨されている。米国・西ヨーロッパでは、HIV感染者の6〜14%にB型肝炎の合併が報告されている 1)。

慢性B型肝炎は、小児期におけるHBV感染のみならず、成人での感染でも認めるが、免疫不全を有するものでは、さらに慢性肝炎へ移行する可能性が高くなる。HIV感染者に認めたHBV感染の約30%が慢性肝炎へ移行するといわれる。重複感染例は、HBVウイルス量が非HIV感染者と比較して高値を示し、肝硬変、肝細胞癌への進展が促進される 2)。

B型肝炎の治療に、ラミブジン(3TC)、アデホビル、エンテカビルが用いられているが、HIV感染者に合併した慢性B型肝炎は、HBV単独感染例と治療方針が異なる点に注意を要する。

HIV/HBV重複感染例の治療は、原則としてHIV・HBVの両者に活性を有する抗ウイルス剤を含むHAARTによる治療が推奨されている。両者に活性を有する市販薬は、テノホビル(TDF)、エムトリシタビン(FTC)、3TCである。現在、TDFにFTCまたは3TCの2剤を含むHAARTが用いられており、3TC、アデホビル単剤より強力な抗HBV作用を認める 4)。治療例として、HIV感染症に合併した慢性B型肝炎の急性増悪にHAARTを投与した自験例の経過を図2に示す。本例では、HIV・HBVに対して良好な抗ウイルス効果が認められ、肝炎の抑制およびCD4 陽性リンパ球数の上昇が認められている。

HIV/HBV重複感染例に対して、HIV感染症の存在を認識されずに、HBVへの治療として、抗ウイルス薬の単剤投与を行うと、HIVへの治療に支障を与える。HIV/HBV重複感染例に3TC を単独投与すると、HBVは抑制されても、HIVには不十分な治療となるため、HIVの3TC 耐性が誘導される。また、エンテカビルは、当初はHIVへの影響が皆無とされ、HIV/HBV重複感染例に対して、HBVのみの抑制に単剤で用いられていたが、このような例において、HIVに3TC 耐性が誘導されたとの報告があった。このため、現在ではHIV/HBV重複感染へのエンテカビルの単独での使用は行われない 3)。

C型肝炎もHIV感染症、B型肝炎と同様に、血液や性交渉を介して感染するが、血液によるものが主とされる。HIV感染症のC型肝炎への影響として、垂直感染による感染率の上昇、HCVウイルス量の増加、肝の炎症および線維化の促進、HAARTによる薬剤性肝障害の発生率上昇、などがあげられている。C型肝炎の治療は、非HIV感染者と同様であり、インターフェロン、リバビリンが使用されるが、一部の抗HIV薬との併用が、乳酸アシドーシスを誘発する危険性から禁忌である点に注意すべきである。

HAARTの効果について、HIV/HCV重複感染例とHIV単独感染例を比較したデンマークの研究からは、HAARTによるHIVの抑制とCD4 陽性リンパ球数の改善がいずれもHIV/HCV重複感染例において劣ることが示されている 5)。HAARTによるHIV感染症への治療がHCVの進行抑制に寄与するかは異論の多いところであり、現時点では明らかとなっていない。

まとめ
HIV感染症は、HAARTにより慢性疾患へ変貌したが、ウイルス性肝炎に関連した死亡例の増加が指摘されている。ウイルス性肝炎とHIV感染症は、同様の感染経路で伝播し、合併する頻度が高い。両者は相互に作用し、臨床経過に影響を与え、その後の治療選択にも関連する。このため、ウイルス性肝炎を診断した際は、HIV感染症の確認が必須である。ウイルス性肝炎対策は、HIV感染者のさらなる予後改善を目指す上で、重要な問題となっている。

 参考文献
1)Sheng W-H, et al ., Clin Infect Dis 45: 1221-1228, 2007
2)Cheruvu S, et al ., Clin Liver Dis 11: 917-943, 2007
3)McMahon MA, et al ., N Engl J Med 356: 2614-2621, 2007
4)Benhamou Y, J Hpt 44: S90-94, 2006
5)Weis N, et al ., Clin Infect Dis 42: 1481-1487, 2006

東京都立駒込病院 菅沼明彦

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