成人患者から分離されたStx2f産生性大腸菌O115: H-−福岡県
(Vol. 30 p. 242- 243: 2009年9月号)

腹痛、下痢、発熱および頭痛を発症した成人患者から、志賀毒素(Stx)2f遺伝子を保有する志賀毒素産生性大腸菌(STEC)O115:H-が分離された。この株は、志賀毒素遺伝子1および2(stx1 およびstx2 )の共通プライマーセット(EVC-1 & -2、タカラバイオ株式会社)で毒素遺伝子は検出されず、用いた毒素確認試験(VTEC-RPLA、デンカ生研株式会社)でも毒素の力価は弱かった。その概要は以下のとおりである。

患者は、2008年10月19日夜、飲食店にて焼き鳥(バラ、とり皮、つくねおよび砂ずり)、鶏ささみユッケ、トリマヨサラダ、から揚げ卵とじおよびビールを摂取した。翌日昼(約13時間後)に発症し、症状は腹痛、水様下痢(7回/日)、発熱(37.7℃)および頭痛であった。

10月21日に患者便が当研究所に搬入され、食中毒細菌(大腸菌、サルモネラ、カンピロバクター・ジェジュニ/コリ、赤痢菌、エロモナス・ヒドロフィラ/ソブリア、プレジオモナス・シゲロイデス、腸炎ビブリオ、ビブリオ・ミミカス、ビブリオ・コレラ、黄色ブドウ球菌、セレウス菌およびウェルシュ菌)についての培養検査を行った。さらにウイルス検査(アデノウイルス、アイチウイルス、アストロウイルス、エンテロウイルス、ノロウイルス、パレコウイルスおよびサポウイルス)も併せて実施した。

その結果、大腸菌以外に原因と考えられる細菌またはウイルスは検出されなかった。大腸菌の病原因子の遺伝子検査のために患者便を塗抹したSS寒天培地とDHL寒天培地から菌体をかきとり(コロニースイープ)、抽出したDNAを鋳型とした。PCR法により病原因子eae bfpA aggR astA 、LT遺伝子、STh遺伝子、STp遺伝子、stx invE およびipaH を検索した。その結果、eae が検出され、大腸菌O115:H-を分離した。この菌株はタカラバイオ(株)の「腸管出血性大腸菌VT2遺伝子検出用Primer Set EVS-1&2」に、弱い反応が認められたため、stx2 のバリアントを疑った。stx2 バリアントに対応するプライマー(Stx2-F&R、G1-F&R、G1'-F&R、G2-F&R、G3-F&RおよびG4-F&R、Nakaoら、FEMS Immunol Med Microbiol 34: 289-297,2002)にてPCR検査を行ったところ、Stx2f遺伝子(stx2f )が検出された。さらにStx2関連遺伝子全長(約1.23kbp)についてシークエンスを実施してstx2f であることを確認した(DDBJ Accession No. AB4726687として登録)。以上の結果、当該大腸菌はStx2f産生性大腸菌O115:H- (eae 検出、EHEC-hlyA およびbfpA 非検出)であると判断した。

また、当該大腸菌株の産生毒素について検討した。Vero細胞を用いたものでは、培養上清(マイトマイシンC添加)がVero細胞に対して、ATCC 43894(stx1 およびstx2 を保有する大腸菌O157:H7)と同等の細胞変性効果を示した(ともに力価16,384)。しかし、VTEC-RPLA(デンカ生研株式会社)では、BHI培養上清のみでは陰性で、マイトマイシンC処理した上清でStx2陽性が確認された(力価64)。加えて、デュオパス・ベロトキシン(メルク社)ではポリミキシンB処理またはマイトマイシンC処理を施した検体でも毒素は検出されなかった。

なお、当該患者と食事を共にした同伴者1名も食後約13時間に下痢、発熱等の食中毒様症状を呈したが、この同伴者の検体は当研究所には搬入されず、詳細は不明である。

stx2f を保有するヒト由来のSTECは、日本や欧州で血清型O63:H-、O63:H6、O128:H-、O128:H2、O132:H34、O145:H34およびO178:H7等が報告されているが、stx2f を保有するO115:H-がヒトから分離された報告は今回が初めてである。本分離株は、通常使用するPCRプライマーセットでstx が検出されず、RPLAでも取り扱い説明書に記載の方法では、Stxが検出されなかった。stx2f を保有するSTECに関しては、STEC感染疑い患者の糞便スクリーニング検査で3.3%の人が陽性であった報告(van Duynhovenら、Clin Microbiol Infect 14: 437-445, 2008)や、stx1 およびstx2 の共通プライマーセットではstx2f は検出されなかったために、非典型的な腸管病原性大腸菌感染症の中から遡ってstx2f 保有STECを検出した報告(Pragerら,Int J Med Microbiol, doi: 10.1016/j.ijmm, 2008.10.1008)等があり、我々の予想よりも多くのStx2f産生性大腸菌感染者が存在すると考えられる。したがって、食中毒や感染症の検査においては、stx2f 検出用プライマーを併用するなど、stx2f を保有する大腸菌も念頭において検査を行う必要がある。この事例の詳細は下記参考文献に記載した。参照されたい。

最後に、本調査を進めるにあたり御尽力賜りました、元鞍手保健福祉環境事務所保健監・高橋正伸先生に深謝いたします。

 参考文献
Etoh Y, et al ., Jpn J Infect Dis 62: 315-317, 2009

福岡県保健環境研究所
市原祥子 江藤良樹 濱ア光宏 村上光一 世良暢之 竹中重幸 堀川和美
鞍手保健福祉環境事務所
竹石倫子 桑名由佳 井上朝男 永津洋子 平 泰子
宮崎県衛生環境研究所 河野喜美子
国立感染症研究所感染症情報センター 伊藤健一郎

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