青森県のと畜場に搬入された豚から検出されたエキノコックス(多包虫)について
(Vol. 30 p. 243- 244: 2009年9月号)

1998(平成10)年8月と12月に、青森県十和田食肉衛生検査所(十和田食検)がと畜検査した豚3頭の肝臓から、エキノコックス(多包虫)が青森県で初めて検出された 1)。これらの感染豚は、青森県内の同一養豚場が出荷したもので、この養豚場での育成中にエキノコックスに感染したとすれば「ある時期あるいは現在も本症の流行があることを強く示唆している」 2)事例と考えられた。その後、この養豚場周辺の野生動物についての調査が行われたが、感染動物は発見されていない 3)。一方、十和田食検においても、その後10年間、当該農場からの出荷を含む年間80〜90万頭もの豚をと畜検査してきたが、エキノコックス感染豚は確認されなかった。ところが、2008(平成20)年度になって、北海道より直接、青森県のと畜場へ搬入された豚6頭の肝臓からエキノコックス感染が、あらたに十和田食検で確認された。以下にその経緯を報告する。

1999(平成11)年〜2004(平成16)年度までは、十和田食検の日常業務が遂行される中でのエキノコックス感染豚の検出報告は無い。2005(平成17)年度に至り、厚生労働省新興・再興感染症研究事業(※)の分担研究として「青森県のエキノコックス調査と監視体制の構築」を実施することとなり、十和田食検の監視体制を強化するため、次の対応がとられた。1)各検査員に北海道における豚のエキノコックス感染肝の肉眼写真および判定基準を配布して検体採材を行う。2)採材された肝臓の白色結節病変について、HE染色およびPAS染色を施し病理組織学的な検索を実施する。3)病理学的な診断とともに遺伝子同定も実施する。

このプログラムにもとづいて実施された2005〜2008(平成17〜20)年度の検査により、肝臓にエキノコックス感染を疑わせる白色結節病変を認めた個体は、年度ごとに27、44、25、13の計109頭であった()。これらの病変について病理組織学的な検索を実施した結果、2005〜2007(平成17〜19)年度ではいずれもエキノコックスは認められず、白色結節はリンパ濾胞、肉芽腫性炎、間質性肝炎、肝嚢胞、寄生虫性肝炎等と診断された。そして、2008(平成20)年度において、採材された肝臓組織13例のうち6例にエキノコックスが検出されたのである。この6例はすべて北海道産であった。北海道の食肉衛生検査所での豚のエキノコックス検出率は、最近25年間の全道平均で0.1%である 4)。十和田食検が検査した北海道産の豚は、4年間で 5,291頭であり、ここでの検出率もほぼ0.1%となっている。

わが国における人エキノコックス症の大部分は、多包条虫の土着が認められる北海道での発生である(現在までに約500症例)。北海道以外の都府県で発生した多包虫症例は約80で、青森県からの報告がその1/4を占め、しかもそのうち9症例は県内での感染の可能性が強い 5)。これは、北海道・青森両地域の人的・物的交流の緊密さに起因すると考えられるが、その具体的な要因については解明されていない。このような状況の中で、1998(平成10)年に十和田食検で青森県産とされる豚からエキノコックスを検出したことから、同県での生活環の定着が強く疑われたのである。しかしながら、これらの感染豚はいずれも青森県内の同一養豚場が出荷したものであるが、その実際の生育地に関しては、当該農場が自家繁殖豚のみならず家畜市場から購入した豚も保有していたために必ずしも確定的ではなかった 1)。今回の調査で、北海道産豚以外からはエキノコックス感染が確認されなかったことからも、青森県内での生活環定着について、現時点ではその可能性は低いと考えられる 6)。我々は、流行地である北海道とは津軽海峡を挟んで隣接する青森県について、今後も継続的に、と畜検査を通じ本州へのエキノコックス伝播の監視と蔓延防止に寄与したいと考えている。

(※)平成17年度「動物由来感染症の流行地拡大防止対策に関する研究(主任研究者:神谷正男酪農学園大教授)」、平成18〜20年度「動物由来感染症のコントロール法の確立に関する研究(主任研究者:吉川泰弘東大大学院教授)」

 参考文献
1)厚生省生活衛生局乳肉衛生課通知(平成11年9月30日、事務連絡),食品衛生研究 Vol.49-11, p132, 1999
2)神谷晴夫, 他, IASR 20: 248-249, 1999
3)神谷晴夫, 日本医事新報 No.4129, 26-29, 2003
4)北海道保健福祉部保健医療局食品衛生課, 平成19年度食肉検査グループ事業概要, p43,平成21年2月発行
5)土井陸雄, IASR 20: 6, 1999
6)Morishima Y, et al ., Jpn J Infect Dis 58(5): 327-328, 2005

青森県十和田食肉衛生検査所
木村政明* 東海林彰 立崎 元 田中成子 原田邦弘 新井山潤一郎
*現東青地域県民局地域健康福祉部保健総室
国立感染症研究所寄生動物部
山崎 浩 杉山 広 森嶋康之 川中正憲

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