成田空港検疫所での新型インフルエンザ対応
(Vol. 30 p. 257-258: 2009年10月号)

新型インフルエンザに対する検疫対応
2009年4月27日にメキシコ、米国での「豚インフルエンザ」の広がりからWHOがフェーズ4宣言を行った。これを受け、4月28日に「豚インフルエンザ」が感染症法上の「新型インフルエンザ」に位置づけられた。成田空港検疫所では同日から、新型インフルエンザおよび鳥インフルエンザに関する関係省庁対策会議の策定した「水際対策に関するガイドライン」、「検疫に関するガイドライン」に基づく検疫対応を開始した。

具体的な検疫強化対応は、新型インフルエンザ発生国(メキシコ、米国の本土、カナダ)から到着した航空機には検疫官が乗り込み、サーモグラフィによる体温チェック、健康状態質問票の確認による体調不良者の把握、有症者の検査を行う機内検疫とした。さらにすべての帰国・入国者に対して検疫検査場において健康状態質問票の徴集、サーモグラフィによる体温チェック等による健康状態の確認を行った。発生国滞在歴等の疫学的条件を満たし、38℃以上の発熱、または最近になって少なくとも、ア)鼻汁もしくは鼻閉、イ)咽頭痛、ウ)咳嗽、エ)発熱または、熱感や悪寒、の2つ以上の症状の認められた有症者にはインフルエンザ迅速診断キットを用いた検査を行い、A型陽性の場合はPCR検査を行った。新型インフルエンザ感染が確定した患者は病院に隔離し、同行者や着座位置の近い人等の濃厚接触者はホテルで停留を行った。また、健康監視対象者となるメキシコ、米国(本土)、カナダからの帰国・入国者の情報を地方自治体に送付した。

5月16日には国内で海外渡航歴のない高校生の感染が確認されたのを踏まえた厚生労働本省の指示により、5月22日から機内検疫は簡素化された。合わせて濃厚接触者の停留措置と健康監視情報の通知も中止された。さらに6月10日からは事前通報で有症者がない場合は機内検疫も中止となった。6月12日にWHOがフェーズ6に引き上げたのを踏まえ、新型インフルエンザ対策運用指針が改定された。検疫対応については、6月19日以降は健康状態質問票の徴集を中止し、新型インフルエンザの症状がでた場合は速やかに適切な医療機関を受診するよう勧奨する「健康カード」の配付以外は通常の検疫態勢に戻った。

検疫対応の実績
検疫強化を開始した4月28日〜6月18日までの間に成田国際空港に到着した航空機は1日平均199.5機(最多218機)、帰国・入国者数は1日最多50,150人(5月6日)であった。このうち、発生国とされたメキシコ、米国(本土)、カナダからは1日平均航空機36.6機(最多42機)、乗員・乗客は1日平均8,578.8人であった。また、インフルエンザ迅速診断キットでの検査総数は805件で、1日平均15.5件(最多48件)であった。健康監視通知は5月21日まで合計117,553件行った。

この間に成田空港検疫所で発見された新型インフルエンザの患者は、停留中に発症した1人を含め、5便から合計10人であった。また、インフルエンザ迅速診断キットA型陽性でその後のPCR検査で季節性インフルエンザと診断された人が7人、B型陽性が1人であった(表1)。

後に成田空港検疫所で発見する前に新型インフルエンザが国内に入っていたことが明らかになったが、5月8日到着便から本邦初の新型インフルエンザ感染者4名を発見した。これにより日本人での新型インフルエンザ患者の症状・経過を把握することができた。感染拡大を起こしやすい高校生の集団感染例を含め10名の新型インフルエンザ患者の入国を防いだことと注意喚起、健康監視によって入国後に発症した場合にも早期受診に結び付けられたと思われるなど、水際対策として一定の役割を果たせたと考えている。

今回の新型インフルエンザ検疫対応の問題点―想定外の状況
まず一つ目は、発生国がメキシコ、米国(本土)、カナダであったことである。これまでは強毒性の鳥インフルエンザ(H5N1)が新型インフルエンザになることを念頭に、発生国も東南アジアを主に想定していた。機内検疫対象便数も1日数便〜十数便と考え、成田空港検疫所への応援は約50名となっていた。今回の対応では1日当たり30数便の機内検疫、4万人前後の検疫検査場での対応に多くの人員を必要とした。ピーク時においては1日当たり200名を超える応援者で何とか対応することができた。この人数は通常状態で帰国・入国者に対する検疫業務に携わっている人員の10倍以上である。

二つ目は想定を強毒性の鳥インフルエンザにおいて対策を構築してきたが、結果として病原性がそれほど高くない新型インフルエンザであったことである。検疫強化を開始した当初は病原性が不明であったので強毒性を念頭において対応を取るのは当然である。しかし、病原性が次第に明らかになり、さらに国内対策では感染拡大により入院措置を中止する自治体も出るなか、検疫強化策を続けることに対しての航空会社職員、旅客からの苦情やトラブルが頻発し、対応にあたる職員を疲弊させた。

三つ目は準備期間の短さと発生したのが大型連休に重なったことである。成田空港検疫所内のすべての印刷機とコピー機をフル稼働しても健康状態質問票等が不足した。印刷会社に発注するにも連休で電話も通じない状態であり、航空会社がコピーして乗客に配付するような状態もみられた。応援者については、新型インフルエンザ対応開始後数日は近くの検疫所からの応援に限られ、一時人員不足で大きな混乱を生じた。

今後の対応に向けて
相手が潜伏期間のある感染症だけに、検疫所における水際対策はその効果について一定の限界があるのと同時に、多くの水際対策が人海戦術によることから人員面でも制約がある。今回の検証を踏まえ、検疫対応を早急に見直す必要があるとともに、中長期的には新たな感染症に対して検疫所が危機管理の観点からいかなる機能、役割を果たすべきかを検討する必要がある。

最後に、今回の新型インフルエンザに対する検疫対応に協力いただいた関係機関、応援者を派遣していただいた機関・団体には改めてお礼と感謝を申し上げます。

*本稿における意見等は、筆者の私見であることを申し添えます。

成田空港検疫所検疫課長 小野日出麿

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