神戸市・兵庫県における新型インフルエンザ発生時の学校閉鎖の状況および予備的な考察
(Vol. 30 p. 259-260: 2009年10月号)

神戸市・兵庫県における状況
2009年5月16日に神戸市内在住の海外渡航歴のない高校生が、神戸市が実施したRT-PCR検査にて新型インフルエンザA(H1N1)pdm(以下AH1pdm)陽性であることが判明した。国内における二次感染が疑われる第一例であった。国立感染症研究所感染症情報センター/FETPは厚生労働省より疫学調査支援の依頼を受け、直ちに現地で活動を開始した。神戸市・兵庫県における、感染の中心は高校生で、神戸市を含む兵庫県全体における流行曲線では、5月17日にピークを形成していることが判明した()。最初の患者がPCRで確認された16日の時点で神戸市以外、兵庫県内の他地域にすでに散発的に確定症例が発生していた。公衆衛生上の対応として、兵庫県全域では、5月16日〜6月5日までの間、県内42施設の学校[高校・高専(23)、小学校(8)、中学校(6)、幼稚園・保育園(3)、大学・短期大学・専門学校(2)]において新型インフルエンザ確定例の発生が認められた。兵庫県全域(神戸市を含む)では、5月18日(月)から、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学など計2,352施設で学校閉鎖(行政上の学校休業と同義)が実施され、大部分の施設では22日まで継続された。この間、修学旅行は延期され、保育所・高齢者通所介護施設・障害者通所施設などが休所、5月16日、17日に予定されていた神戸まつりが中止された。神戸市では、市民に対する啓発として、(1)不要不急の外出を自粛すること、(2)手洗い・マスクの着用を徹底すること、(3)直接病院を受診せず、発熱相談センターに相談すること、が広報され、発熱相談センターが24時間対応となり、回線数が増やされるなどの対応がなされた。

流行のピーク時には、神戸市内のスーパー店員や銀行の窓口業務担当者など、不特定多数と接触する者の中での感染者が相次いだ。市中感染が始まった徴候として注目されたが、5月17日以降、流行曲線における確定例数は著明に減少した。市中感染を思わせる患者の報告がこの時期急速に減少したことは、本事例の大きな特徴である。

高校における疫学調査からの考察
兵庫県内の複数の学校において実施した疫学調査より、学校内にて推定された感染の機会としては、クラス、部活動のほか、学校における全校レベルのイベント(スポーツ大会など)が挙げられた。学校閉鎖を実施後、各学校における新規の患者発生は数日で著明に減少し、学校閉鎖の効果があることが示唆された。学校休業中の外出による感染で、再度学校閉鎖が必要となった事例があった。クラスや部活動では、主に接触後2〜4日後までに患者が発生していた。休業の期間が4日以上は必要であることが示唆される。学校外の共通の接触の場としての学習塾については、学校別で通っている塾に明らかな偏りが見られたことより、感染の場になる可能性があると考えられた。学校内で集団感染が疑われた場合には、学校のみならず、部活動や、学校外における塾とも連携が必要になると考えられた。また、多くの生徒や若者が集まる学校内外のイベントが感染拡大に影響を与えていたことが考えられるため、今後イベント開催時には感染予防対策をより強化する必要があると思われた。同地域における全面的な学校閉鎖期間中、他の学校に通う患者兄弟などにおける発生も認められたが、学校閉鎖中であったことにより、発症は散発的で、学校内に感染は伝播しなかったことから、地域的な学校閉鎖は学校から地域における感染伝播阻止の面では強力な策であることが分かった。

学校閉鎖などの対応を採るうえでの課題
5月の神戸市における新型インフルエンザの発生は、学校内の集団発生から広範な市中感染への拡大が懸念される状況であったが、そうならなかったのは、兵庫県全域における積極的な学校閉鎖の実施に加え、市民の衛生意識の向上などもあり、ウイルスが市中に供給される状況が減少したことを反映したのかもしれない。しかしながら、強力な学校閉鎖などの公衆衛生対応の実施は、感染拡大防止に強力な対策であると同時に、代償としての社会的な影響は非常に大きい。生徒の教育に与える影響、保護者の欠勤による影響、および社会的なイメージダウンによる経済的な影響などを総合的に勘案して学校閉鎖の実施意義を評価する必要がある。社会的な影響が非常に大きいだけに、ウイルスの病原性についての判断、初期対応としての実施上の目的を明確にし、諸々の考えられる影響とのバランスをとって学校閉鎖を実施していけるのであれば、非常に強力な対策ツールのひとつであると言えよう。今後さらに情報を収集・解析し、新型インフルエンザ発生時の学校閉鎖の実施規模、開始のタイミングなどについても、提言を行っていく予定である。

謝辞:本稿の執筆にあたっては、神戸市保健所、神戸市各区保健センター、神戸市環境保健研究所、神戸市、兵庫県、尼崎市保健所、西宮市保健所、姫路市保健所、兵庫県立神戸高校、兵庫県立兵庫高校、六甲中学・高校等の協力により得られた情報を主にベースとした。ここに厚く感謝の意を表する。

国立感染症研究所感染症情報センター/FETP(実地疫学専門家養成コース)
砂川富正 高橋秀明 土橋酉紀 大平文人 豊川貴生

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