流行のピーク時には、神戸市内のスーパー店員や銀行の窓口業務担当者など、不特定多数と接触する者の中での感染者が相次いだ。市中感染が始まった徴候として注目されたが、5月17日以降、流行曲線における確定例数は著明に減少した。市中感染を思わせる患者の報告がこの時期急速に減少したことは、本事例の大きな特徴である。
高校における疫学調査からの考察
兵庫県内の複数の学校において実施した疫学調査より、学校内にて推定された感染の機会としては、クラス、部活動のほか、学校における全校レベルのイベント(スポーツ大会など)が挙げられた。学校閉鎖を実施後、各学校における新規の患者発生は数日で著明に減少し、学校閉鎖の効果があることが示唆された。学校休業中の外出による感染で、再度学校閉鎖が必要となった事例があった。クラスや部活動では、主に接触後2〜4日後までに患者が発生していた。休業の期間が4日以上は必要であることが示唆される。学校外の共通の接触の場としての学習塾については、学校別で通っている塾に明らかな偏りが見られたことより、感染の場になる可能性があると考えられた。学校内で集団感染が疑われた場合には、学校のみならず、部活動や、学校外における塾とも連携が必要になると考えられた。また、多くの生徒や若者が集まる学校内外のイベントが感染拡大に影響を与えていたことが考えられるため、今後イベント開催時には感染予防対策をより強化する必要があると思われた。同地域における全面的な学校閉鎖期間中、他の学校に通う患者兄弟などにおける発生も認められたが、学校閉鎖中であったことにより、発症は散発的で、学校内に感染は伝播しなかったことから、地域的な学校閉鎖は学校から地域における感染伝播阻止の面では強力な策であることが分かった。
学校閉鎖などの対応を採るうえでの課題
5月の神戸市における新型インフルエンザの発生は、学校内の集団発生から広範な市中感染への拡大が懸念される状況であったが、そうならなかったのは、兵庫県全域における積極的な学校閉鎖の実施に加え、市民の衛生意識の向上などもあり、ウイルスが市中に供給される状況が減少したことを反映したのかもしれない。しかしながら、強力な学校閉鎖などの公衆衛生対応の実施は、感染拡大防止に強力な対策であると同時に、代償としての社会的な影響は非常に大きい。生徒の教育に与える影響、保護者の欠勤による影響、および社会的なイメージダウンによる経済的な影響などを総合的に勘案して学校閉鎖の実施意義を評価する必要がある。社会的な影響が非常に大きいだけに、ウイルスの病原性についての判断、初期対応としての実施上の目的を明確にし、諸々の考えられる影響とのバランスをとって学校閉鎖を実施していけるのであれば、非常に強力な対策ツールのひとつであると言えよう。今後さらに情報を収集・解析し、新型インフルエンザ発生時の学校閉鎖の実施規模、開始のタイミングなどについても、提言を行っていく予定である。
謝辞:本稿の執筆にあたっては、神戸市保健所、神戸市各区保健センター、神戸市環境保健研究所、神戸市、兵庫県、尼崎市保健所、西宮市保健所、姫路市保健所、兵庫県立神戸高校、兵庫県立兵庫高校、六甲中学・高校等の協力により得られた情報を主にベースとした。ここに厚く感謝の意を表する。
国立感染症研究所感染症情報センター/FETP(実地疫学専門家養成コース)
砂川富正 高橋秀明 土橋酉紀 大平文人 豊川貴生