本邦では破傷風は毎年100名前後の患者が報告されているが、その大半は臨床診断による確定例であり、破傷風菌(Clostridium tetani )検出による病原体診断例は少ない。今回、C. tetani を検出したため、その概要を報告する。
症例:68歳、男性。既往歴は、前立腺癌。2008年7月28日、自宅屋外で右母指を研磨剤サンダーで受傷。8月4日、市内の外科医院を受診し、創部処置、破傷風トキソイド注射、CCLセファクロルの処方を受けた。8月9日、開口障害、嚥下障害が出現。8月11日、当院耳鼻科を受診し、脳幹梗塞の可能性があるため翌日脳外科受診を勧められたが受診しなかった。8月14日、食事がとれず当院泌尿器科を受診。脳外科にて頭部CTおよびMRIを施行されるも出血・梗塞はみられず泌尿器科入院となった。WBC 8,500/μl、CRP 11.7mg/dl。8月15日、右母指の創部は深く嫌気培養の検体を採取後洗浄処置を実施。破傷風疑い(構音障害)で感染症専門医にコンサルトされ、PCG 200万単位×4回/日の投与を開始。8月16日、四肢の筋硬直が出現。臨床症状より破傷風と診断、8月17日、感染症専門医の所属する血液内科へ転科となる。乾燥抗破傷風人免疫グロブリン1,500単位を計2回投与された。その後も、唾液の飲み込み困難、時折強直性の痙攣があり、腹部、四肢の筋肉は硬く疼痛があった。訪室し声をかけると筋の硬直があり、音と光に対する過敏反応が見られた。意識は清明で呼吸も落ち着いていた。8月18日、細菌検査室では分離菌の1菌種がC. tetani である可能性が高いと判明。8月19日、ポリエチレングリコール処理抗破傷風人免疫グロブリン3,000単位を投与された。筋硬直に対しジアゼパム10mgの筋肉注射を連日実施された。8月24日、睡眠時に呼吸停止時間が30秒ほどあり、SpO2 89%と低酸素血症となったため、酸素投与が開始された。8月30日からは食事が摂れるようになった。筋の疼痛、前立腺癌の骨転移による疼痛にはフェンタニルパッチを使用。9月25日症状が改善し、退院となった。
微生物学的検査:右母指創部膿(滅菌綿棒でぬぐった膿)を「そのまま滅菌スピッツに入ったもの」と、「嫌気ポーターへ入れたもの」の2検体が8月15日に提出された。前者は血液寒天、チョコレート寒天、BTB寒天、ブルセラHK寒天(RS)(極東製薬)、PEA加ブルセラHK寒天(ウサギ)(極東製薬)へ分離培養し、後者は綿棒をGAM半流動(日水製薬)へ埋没し培養した。なお、ブルセラHK寒天とPEA加ブルセラHK寒天については、ガスパックジャーによる嫌気培養を実施した。グラム染色による直接塗抹鏡検結果は、グラム陽性球菌1+、グラム陽性桿菌1+、グラム陰性桿菌2+であり、芽胞形成菌は見られなかった。分離された菌種はつぎの5菌種であった:C. tetani 3+、Eikenella corrodens 3+、Pseudomonas aeruginosa 3+、Corynebacterium sp. 3+、Bacillus sp.3+。分離培地観察は、休日明けの8月18日(3日間培養)となった。ブルセラHK寒天とPEA加ブルセラHK寒天にはC.tetani が他の通性嫌気性菌と混合発育したため、R型コロニーや縮毛状発育の観察は難しかったが、コロニー間を埋め尽くす遊走が確認できた。遊走部位をグラム染色した結果、端在性の球形芽胞(太鼓のバチ状)を有するグラム陰性桿菌が確認できた。培養時間が24時間を過ぎて長くなったため、グラム陰性となる傾向があったが、芽胞を有する嫌気性桿菌であるC. tetani が強く疑われ、その時点で主治医に報告した。引き続きこの菌を単離し、炭酸ガス培養と好気培養において偏性嫌気性を確認した。
並行して確定試験である破傷風毒素原性試験を実施した。その結果、分離菌のクックドミート培養上清を投与したマウスは破傷風特有の麻痺症状を示し、破傷風抗毒素10IU/ml加えたものを投与したマウスではこれを示さなかった。これにより、分離菌はC. tetani と確定した。
薬剤感受性試験(微量液体希釈法)の結果は表の通りであり、抗嫌気性菌作用を有する薬剤にはすべて感性を示した。
考察:C. tetani は、偏性嫌気性菌であるが、「滅菌綿棒でぬぐった膿をそのまま滅菌スピッツに入れた状態」でも検出できた。これは湿潤状態が保たれ、検体採取から培養までの時間が短かったことによるものと考えられた。
C. tetani の同定に関し、当院の自動機器、および同定キットでは同定することができなかった。C. tetani の同定には、遊走コロニーと太鼓バチ状芽胞の確認が最も重要であり、Clostridium 属の細菌の同定でよく言われるように、嫌気性菌の各種同定キットや、自動機器の結果を重視しすぎないことに留意すべきである。自動機器の結果がC. tetani でも確定とは言い難く、それ以外の菌種と判定されても塗抹鏡検所見やコロニー発育態度がC. tetani と合致することがある。
破傷風の開口障害(第一期)から全身痙攣開始(第三期)までの時間、すなわちオンセットタイムが48時間以内であるものは予後不良となることが多い。本症例のオンセットタイムは9日であり、良好な予後となった背景には、病初期の創処置に際して、破傷風トキソイド注射および抗菌薬の投与の影響があったものと推測される。
静岡市立静岡病院・検査技術科 杉本直樹 楠山美保 渡部友芸 濱田佐智子
同・血液内科 宮川幸子 岩井一也
国立感染症研究所・細菌第二部 山本明彦 高橋元秀