広域対応により探知できたインドネシア・バリ島旅行者での細菌性赤痢の集団感染について―渋谷区
(Vol. 30 p. 314-316: 2009年12月号)

今回我々は広域対応により、旅行業者X社が企画し全国の旅行代理店が販売した、2009(平成21)年2月25日〜3月3日までのインドネシア・バリ島旅行者での細菌性赤痢(Shigella sonnei )6例の集団感染を探知し得たのでその概要を報告する。

1.患者情報
症例1〜6の患者情報を表1に示した。患者6名のうち症例2と症例3、ならびに症例4と症例5はそれぞれ同行者で、4組の旅行客である。

症例1(発端者):東京都在住の24歳女性。別の同行者1名と神奈川県内の代理店が販売したツアーに参加。2月26日成田発。Aホテルに滞在。27日ウブド市内観光。28日38℃台の発熱、下痢、嘔吐を発症。現地の薬局でメトロニダゾールを購入。帰国後赤痢菌を検出。なお同行者にも同様の症状がみられたが現地で抗菌薬を服用しており菌陰性。

2.積極的疫学調査
渋谷区の対応を表2に示す。3月6日に症例1について診断医師から届出を受理。同日症例1に対して積極的疫学調査を実施した。初めに症例1がツアーを購入した神奈川県内の旅行代理店に照会し、ツアーを企画した大手旅行業者X社を特定した。次にX社に照会し、当該ツアーは13店舗の旅行代理店(特約販売店)が合計13種類の商品名(パック名)に小口に分けて販売したものとわかった。いずれの商品も行程2日目にウブド市内観光の他、数種類のオプションプランが設定され、残りの行程は自由行動とされていた。顧客情報は各旅行代理店がそれぞれ管理していた。このとき奈良県から同ツアーに参加した者が細菌性赤痢を疑われているとの情報もX社から提供された。これを受けて渋谷区は奈良県に2名の細菌性赤痢患者発生について照会するとともに、X社に対して2月26日に現地に到着したインドネシア・バリ島旅行者全員について旅行代理店を通じて発病の有無等を聴取し結果を報告するよう求めた。3月11日までにX社から2月26日(一部は2月25日)現地へ到着したツアー客110名分の報告を受けた。これによると17名が2月28日発熱、腹痛、下痢を訴え、うち12名が現地の医師を受診していたことが判明し、いずれも2月27日のウブド市観光に参加した51名の一行であった。渋谷区は2月27日の同市内観光の参加者が細菌性赤痢に集団感染した可能性を疑い、この51名について改めて個人情報の提出を求めた。また東京都・厚生労働省と広域対応について協議の上、第一報を探知した渋谷区が本件をとりまとめることにした。

X社から提出を受けた51名(渋谷区が探知した症例1を含む)の名簿を基に3月11日〜23日までの間、居住地を管轄する13都県32保健所を通じてツアー参加者の健康状態についてアンケート方式で調査を実施した。51名のうち37名(72.5%)がツアー中に下痢などを発症していた。51名のうち有症状者34名と無症状者7名の計41名が検便を受け、6名(11.8%)が細菌性赤痢と診断された。

患者6名の発症日はいずれも2月28日であり、単一曝露を疑った。出発日はいずれも2月26日で、出発地は成田空港が4名、関西国際空港が2名であった。現地での宿泊先はAホテルが4名、Bホテルが2名であった。またいずれも2月27日ウブド市内観光に参加し、昼食を同市内のレストランZでとっていた。メニューはスープ、フライドチキン、サテ、野菜炒め、魚のバナナの皮包、豚肉のチリソースがけ、白いご飯、エビせんべい、揚げチョコバナナまたはイチゴの蜂蜜がけ、バリコーヒーまたはジャワティーであった。

3.病原体検査
分離菌株はいずれも細菌性赤痢(S. sonnei )と同定された。同菌株を国立感染症研究所に搬入し遺伝子解析を依頼したところ、6例ともパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)パターンがほぼ一致し、感染源が同一である可能性が示唆された。

4.解析疫学
2009年2月25日〜3月3日にX社が企画したインドネシア・バリ島旅行者51名のうち、細菌性赤痢患者6名を症例とし、それ以外の45名を対照としてリスク因子を検討した(表3)。年齢、性別、出発空港、現地滞在ホテル、2月27日ウブド市内観光への参加の有無のうち、ホテルB−C間、ホテルB−D間で有意な差が認められ、ホテルBと細菌性赤痢感染の関係が疑われたが、標本数が少なく、偶然見出された結果である可能性が高いと思われた。また、2月27日ウブド市内観光に関しては、大多数が参加しており検討できなかった。

5.再発防止策
渋谷区は3月26日に旅行を企画した都内の旅行業者X社を訪れ、再発防止に向けた以下の報告を受けた。(1)レストランZを利用中止、(2)現地代理店を通じてレストランZを指導、現地保健所の調査に協力、(3)現地での医療体制や連絡体制の拡充、(4)現地ガイドを指導、等について説明を受けた。

6.考 察
今回の集団発生は、2月26日〜27日の間にインドネシア・バリ島ツアーに参加した者がsonnei型細菌性赤痢に単一曝露で罹患し、日本で診断されたものと推定された。

感染源については6症例とも2月28日に発症しており、26日か27日の曝露が疑われた。26日はバリ島到着日だが、空港や宿泊先に関しては明らかなリスク因子は見いだせなかった。また、疑わしい食品も見いだすことはできなかった。全症例が27日にウブド市内観光に参加していた。同市内のレストランZでの昼食が感染源として最も疑われたが、個々の詳細な喫食状況の検討ができなかった。

その他、5月8日関係者を招いて事例報告検討会を開催し、(1)美容に関心の高い旅行者が現地エステ店を訪れ、味・臭いの強い材料と生水で調製された「健康ドリンク」を飲用していること、(2)旅行者の一部が「現地で腹痛になった時は薬店の抗アメーバ薬を内服すれば医者へ行く必要がない」という情報を信じていたこと、(3)今回、現地法人のガイドが顧客から苦情や相談を受けていたにもかかわらず、旅行業者への連絡を十分に行わず、対応が遅れた可能性があること、(4)食中毒を疑いレストランの変更を検討したが、同水準の代替施設を選定するのに時間がかかったこと等、直接の感染原因ではないものの、改善を要することと指摘した。

7.まとめ
今回の集団発生は、2月26日〜27日の間に単一曝露により罹患し、日本で診断されたものと推定された。日本での二次感染、三次感染は3月31日の段階で認められず、集団発生としては終息と判断した。

今回我々は、旅行業者X社の協力を得て、旅行代理店13店舗から51名の顧客名簿を入手し、居住地を管轄する13都県の32保健所を通じて調査した結果、インドネシア・バリ島旅行客6名の細菌性赤痢集団発生を探知できたことは意義があると考えたため報告する。あわせて今後感染症の流行地域へ渡航する国民に対して事前に正確な情報を入手しておくことを、そしてすべての旅行業者等に対して顧客が集団で発病した場合、直ちに原因究明と再発防止を行えるよう現地スタッフを教育しておくことを提言する。

8.謝 辞
病原体の遺伝子解析を行っていただいた国立感染症研究所細菌第一部の泉谷秀昌先生、広域にわたる調査に助言と指導を頂いた厚生労働省健康局結核感染症課ならびに東京都福祉保健局健康安全部感染症対策課の担当者様、関係者調査へ迅速に対応するとともに菌株の提供にご協力をいただきました全国の自治体ならびに地方衛生研究所の関係者に感謝を申し上げます。また、旅行業者X社ならびに全国13店舗の旅行代理店の皆様には今回の調査に快く応じ、迅速な再発防止策を講じていただきました。心よりお礼を申し上げます。

渋谷区保健所
西塚 至 佐藤 総 三枝 愛 安田さお里 宇都りさ子 千葉幸子 根岸正宏 田宮昌隆
齊藤孝憲 米本利和 山口政子 二國香苗 鎌田恵子 杉山哉子 岩崎圭子 石原美千代 笹井敬子
厚生中央病院消化器内科 松浦良徳
国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(Field Epidemiology Training Program:FETP)山岸拓也
国立感染症研究所感染症情報センター 大山卓昭

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