中国出張旅行帰国3日後に下痢症を発症した37歳男性患者の便より検出されたS. sonnei 株のMICは、cefotaxime(CTX) 1,024μg/ml、ceftazidime (CAZ)、aztreonam 32μg/ml、ceftriaxone 1,024μg/ml、cefpodoxime >64μg/mlであった。またCTX、CAZのMICはクラブラン酸の添加で低下した。これによりextended-spectrum β-lactamase(ESBL)産生性が示唆された。なお、セファマイシン系、オキサセフェム系、カルバペネム系薬のMICは感性の範囲内であった。その他の薬剤についてはfosfomycin、chloramphenicol、kanamycin、norfloxacinに感性、ampicillin(ABPC)、streptomycin、nalidixic acid、sulfamethoxazole/trimethoprim、tetracyclineに耐性を示した(詳細は、IASR 27: 264-265, 2006、第1報・表参照)。
近年、世界的規模で増加が著しいCTX-M-型β-lactamasesには、大きく分けてCTX-M-1 group、CTX-M-2 group、CTX-M-9 group、およびCTX-M-8 groupの4つの遺伝的に系統の異なるグループがある。そして、それらのグループの遺伝子の検出には、それぞれに特有のPCRプライマーが用いられる。しかし、今回の菌株においては、各遺伝型グループのbla CTX-M遺伝子検出のための一般的なPCR検査で、当初「陰性」という結果が得られたため、遺伝子全体のクローニングと塩基配列の解析を行った。全体のbla CTX-M遺伝子の塩基配列に基づいた推定アミノ酸配列から、本酵素はN末側の1〜82アミノ酸位とC末側の223〜290アミノ酸位がCTX-M-15-like (CTX-M-1 group)の相応配列と一致し、中央領域の63〜226アミノ酸位がCTX-M-14(CTX-M-9 group)と一致するキメラ酵素であることが確認され、β-lactamaseの命名を管理しているG.A.JacobyによりCTX-M-64が付与された(図)。なお、CTX-M-15-likeは、GenBankの登録のみで詳細は不明であるが、同じくCTX-M-1 groupに属するCTX-M-15とは1アミノ酸違いで、興味深いことに中国で分離されたE. coli で発見されている。bla CTX-M-64はおよそ68kbの伝達性プラスミド上に存在し、本遺伝子をベクターpCL1920に組み込み作製した組換プラスミドの導入により形質転換株にCTX耐性が付与され、クラブラン酸の存在下で感受性の回復が認められた。なお、形質転換株では、CTX-M型β-lactamaseには分解され難いCAZのMICの上昇が認められ、CTX-M-64β-lactamaseはCAZ耐性にも関与していることが、精製酵素を用いた反応速度パラメータ解析で確認された。kcat /Km 値はABPC、cephalothinおよびCTXに対してそれぞれ1.9、4.9および1.9×106、nitrocefinでは1.7×107/mole/secondとなり、他のCTX-M型β-lactamaseと同様高い分解効率を示していた。しかし、CAZに対するKi 値が非常に高かったためkcat 値は算出できなかった。周辺構造の解析の結果、bla CTX-M-64の5’末端側上流に認められたISEcp1 のIRRと本遺伝子との間の45bpスペーサー領域はbla CTX-M-15-likeの相応領域とサイズおよび配列が一致していた。さらにbla CTX-M-64の3’末端側下流に存在するtruncated orf477 の5’側欠失末端にISEcp1 の候補IRRが認められ、bla CTX-M-15-likeがISEcp1 媒介による染色体性bla CTX-M-3の転移を起源としており、bla CTX-M-64の出現の過程には同一ホストセル内でのbla CTX-M-15-likeとbla CTX-M-14の間での相同組み換え事象が関わっている可能性が示唆された。
従来CTX-M型β-lactamaseの基質特異性の拡張化は基質と酵素の相互作用構築に変化をもたらすキーとなるアミノ酸の置換の蓄積によるものであったが、CTX-M-64の出現は、遺伝的に系統の異なる同族酵素内で構成アミノ酸残基の動的置換を起こすことにより特殊な基質特異性を獲得していく新たなメカニズムが存在し得る可能性を示唆しているものと思われる。また、CTX-M型β-lactamaseの産生が疑われる菌株で一般的なPCR検査が「陰性」となる場合には、この種のキメラ型酵素産生株の可能性も念頭に置き、詳しい解析が必要となる。本報のCTX-M-64産生S. sonnei は中国よりの輸入事例由来株であったが、最近同じく中国に関連する症例等に由来するShigella flexneri や大腸菌(ペット由来)からも同酵素が確認されている(personal communication)。このことから、今後Shigella 属菌も含め腸内細菌科に属する他の菌種における本酵素の産生性にも注意を払う必要があると考えられる。
文 献
1) Nagano Y, et al ., Antimicrob Agents Chemother 53: 69-74, 2009
国立感染症研究所細菌第二部
長野則之(船橋市立医療センター) 長野由紀子 和知野純一 荒川宜親
前所属:浦安市川市民病院 石川恵子