1.2009(平成21)年に北海道で診断された麻疹
平成21年に北海道で報告された麻疹は17例(麻疹9例、修飾麻疹8例)であり、発症地は札幌市5例、小樽市2例、旭川市2例を除くと残る8例は単発例(千歳市、北斗市、砂川市、帯広市、紋別市、北広島市、恵庭市、倶知安町)であった。そして札幌市の5例も(1)54歳男性・3月4日発症、(2)12歳男性・4月13日発症、(3)24歳男性・5月14日発症、(4)25歳男性・7月6日発症、(5)15歳男性・10月12日発症などと、互いに1カ月以上発症間隔が離れており、感染の連鎖は見出せない。さらに他都市の症例についても互いに独立して発症しており、感染源が特定されたものは皆無であった。そして17例のうち11例について臨床症状のほか抗麻疹EIA-IgM抗体の陽性を診断根拠としていた。
2.麻疹感染連鎖の実例と診断根拠としての抗麻疹EIA-IgM抗体
2005(平成17)年は北海道では麻疹症例の報告はゼロであり、2006(平成18)年もゼロであると予想されていた12月9日に札幌在住の31歳男性の麻疹発症が報告された。この男性はワクチン未接種で11月30日〜12月1日まで当時麻疹が流行していた首都圏に出張していた。この症例をindex caseとして平成19年1月下旬にかけて10例(成人5例、小児5例)の発症が確認された(表1)。これらの感染連鎖は職場内感染、家族内感染、医療施設内感染など大略の感染経路をたどることが可能であった。この実例とよく似た麻疹の首都圏からの持ち込みが平成19年、20年の北海道の麻疹小流行(平成20年は総計 1,462例で全国第2位の発生数)をもたらしたわけである。
ウイルス感染症の実験室診断は血清反応とウイルス分離がgold ruleであり、血清診断は急性期と回復期のペア血清の有意の抗体価上昇で診断される。ウイルス分離は潜伏期の後期から鼻咽頭ぬぐい液や流血(血漿、PBMCなど)を材料として行われる。麻疹の場合患者材料を感受性細胞(B95a細胞、Vero/hSLAM細胞など)に接種すると、ウイルスが増殖して細胞変性効果(CPE)を呈し、培養液中に大量のウイルスが放出される。この感染細胞あるいは培養液中のウイルスに特異抗血清を用いて麻疹ウイルスを特定する。さらにこれらの材料中に存在するウイルスRNAを検出増幅するRT-PCR法も行われる。これらの実験室診断は国立感染症研究所あるいは地方衛生研究所で行われている。
WHOは特別な機器や手技を必要としない方法で診断できる方法として、麻疹特異的EIA-IgM抗体の測定を推奨した。この抗体は麻疹の発疹時期に検出でき、発疹6〜10日にピークとなり28病日まで検出可能であることから、初感染の診断には有用である。ところがこのEIA-IgM抗体価の低値を呈する血清が偽陽性である場合がある。平成18年(全道では定点からは1例の麻疹も報告されていない)に小樽市から2例の成人麻疹が報告された。22歳女性と38歳男性で、いずれも麻疹ワクチン接種済みであった。症状は高熱と発疹であり、血清の抗麻疹EIA-IgMが2.55と2.13と陽性(2.0以上を陽性と判定している)であった。この当時、小樽市では麻疹の発生が皆無であり、感染源が特定されなかった。このため急性期と約1カ月の間隔を経た回復期の血清EIA-IgGの測定を北海道衛生研究所に依頼した。表2に示すように2例ともペア血清でEIA-IgG抗体価の有意の変動が無いことから麻疹を否定することができた。このように実験室診断として血清のEIA-IgMが陽性であることのみを根拠として診断されている場合には、その診断を疑ってみる必要がある。
3.麻疹が散発している状況下での実験室診断の重要性
麻疹のようにほとんどが顕性発症し、ヒト−ヒト感染のみの感染症は感染の連鎖が証明されるはずである。昨今のわが国のように麻疹発生が減少して全数報告される環境下では、感染経路の特定とともに診断の正確さが要求される。前項で述べたように、低値のEIA-IgM陽性はその診断が誤りであることが多い。麻疹の臨床診断をした場合、感染経路が不明であれば、鼻咽腔ぬぐい液、血液、尿などの材料を採取して地方衛生研究所に提出して確定診断してもらいたい。正確な診断が2012年までの麻疹のわが国からの排除のために必須の要件である。
札幌市立大学看護学部 富樫武弘