進化している麻しんウイルス遺伝子型D9のタイからの輸入例―山形県
(Vol. 31 p. 47-48: 2010年2月号)

WHO西太平洋地域では2012年を麻疹排除の目標年としており、日本ではワクチンの2回接種の推進、全数報告体制の整備、検査診断の強化などの施策がとられている。2007年12月28日告示の麻しんに関する特定感染症予防指針では、麻しんが一定数以下になった場合、原則、全数検査診断を行うこととしている。検査診断の必要性としては、(1)迅速・正確な診断による感染拡大阻止、(2)修飾麻疹は臨床診断が困難であること、(3)WHOの麻しん排除の条件として一定の検査診断が求められていること、(4)遺伝子解析によって感染経路の解明、輸入例か否かの判定などが可能であること、があげられている 1)。実際、我々は検査診断による輸入確定例を経験した 2)。

症例は7カ月の男児で、ワクチン接種歴はなかった。彼は両親とともにタイのバンコクを訪問し、飛行機で2009年3月1日成田空港、同2日山形空港を経由して帰宅した。同16日から、発熱・咳・鼻汁・発疹などの症状が現れたため小児科を受診したところ、臨床経過から麻しんが疑われた。二次感染例は認められなかった。同19日、咽頭ぬぐい液と血液検体が採取され、衛生研究所で検査が実施された。Vero/hSLAMとB95a細胞を用いたウイルス分離では、白血球からのみウイルスが分離された(MVi/Yamagata/Jpn/12.09)。遺伝子検査では両検体から 100%同じ麻しんウイルス遺伝子が増幅された。IgM抗体陽性であった。

N遺伝子456塩基(ジーンバンク登録番号AB509376)についてBLASTによる相同性検索を実施したところ、タイから報告された遺伝子型D9(D9)に属する3株と完全に一致した(図1)。渡航歴と遺伝子解析の結果から、患児がタイで感染して帰国後発症した麻しん輸入例であることが確定した。

我々は2004年にも山形県内でD9による中学校の流行を経験した3) 。当時、国内ではD9の検出がなかったため、輸入例と考えたが、今回のように感染地域まで遡ることはできなかった。D9は1999年にオーストラリアで初めて確認されている(レファレンス株MVi/Vic.AU/12.99)。今回検出した株はレファレンス株とは2.9%(13/456)変異が認められ、2004年に山形で検出した株からも1.3%(6/456)変異があった。これらのことから、D9は海外で進化しながら存続し、時に日本へ輸入され、散発もしくは地域流行をおこしているものと考えられる(図1)。

山形県以外でも大阪府におけるイスラエルからのD4輸入例1) 、沖縄県の国外からの持ち込みが疑われたD8症例4) 、などが報告されている。麻しん排除に向けて、そして排除後も海外で麻しんが流行している限りは、すべての症例についてウイルスを分離(次善の策としては遺伝子を検出)して遺伝子解析を実施していくことが必須といえるのではないか。

 文 献
1) IASR 30: 29-47, 2009
2) Aoki Y, et al ., Jpn J Infect Dis 62: 481-482, 2009
3) Mizuta K, et al ., Jpn J Infect Dis 58: 98-100, 2005
4) IASR 30: 299-300, 2009

山形県衛生研究所
青木洋子 須藤亜寿佳 池田辰也 安孫子千恵子 水田克巳 阿彦忠之
山形県村山保健所 山口一郎
たておか小児クリニック 三浦 香

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