新型インフルエンザウイルスA(H1N1)pdmによる成人インフルエンザ脳症の1例
(Vol. 31 p. 56-57: 2010年2月号)

2009年8月に新型インフルエンザウイルスA(H1N1) pdm による成人インフルエンザ脳症を経験した。急性期に意識障害、痙攣があり、脳MRI、脳波に異常所見を認めた。成人では稀な疾患だが、今後患者が増加する可能性があり報告する。

症例は24歳女性。既往歴、家族歴に特記すべきことなし。

現病歴:2009年8月15日(第1病日)から39℃の発熱があり、第3病日に近医を受診した。インフルエンザ簡易検査結果は陰性だったが、新型インフルエンザA(H1N1) が流行しており、オセルタミビル(150mg/日、3日間)が投与された。解熱剤の投与はなかった。翌日に解熱したが頭痛、嘔気は治まらず、第6病日未明に全身性の痙攣が出現、救急搬送された。来院時意識混濁(JCSII-1)。発熱なし。

来院時検査所見:脳CT、MRI:粗大病変なし。髄液:細胞数増加なし、糖、蛋白正常。血液:白血球数17,200/μl(好中球20%、リンパ球66%、異型リンパ球11%)、LDH439 IU/l、GOT297 IU/l、GPT263 IU/l上昇。咽頭ぬぐい液:新型インフルエンザ(A/H1N1pdm)PCR陰性、ウイルス培養陽性。

入院後経過:単純ヘルペスウイルス、EBV、CMV、HHV-6、HIVなどによるウイルス性脳炎、多発性硬化症、ADEM、CNS loops等を鑑別に挙げた。痙攣は複雑部分発作で、第6病日〜第11病日までフェニトイン投与で制御できず、フェノバルビタール、ミダゾラム、プロポフォールで鎮静した。痙攣重積発作が減少した後も右下肢、顔面に絶えず局所の痙攣があり、フェニトイン、カルバマゼピンを併用し、第19病日にようやく消失した。また入院時より覚醒時に絶えず恐怖、情動障害があり、幻覚を訴えた。さらに第15病日からは側頭葉症状が出現、興奮、多弁が治まらず、向精神薬投与を要した。検査では髄液(第6、12、27病日)に細胞数、蛋白の増加はなかった。脳波は高振幅の徐波を示し、脳MRIでは第16病日に側頭葉内側面、島皮質下に左右対称性にT2延長領域が出現し(図1)、その後は徐々に改善した。治療は、アシクロビルに加えメチルプレドニゾロン1g/日を第6病日から5日間投与し漸次減量した。第18病日からは免疫グロブリン製剤(5g/日、3日間)を投与した。グルココルチコイド減量時に高熱、痙攣が出現することが2度あったが症状は徐々に改善し、第37病日に、抗痙攣薬(2剤)、プレドニゾロン 2mg/日内服のまま退院。12月現在、抗痙攣薬投与下に麻痺、失調なく生活自立可能な状態だが、高次脳機能障害(記憶、学習)と、稀に情動失禁がある。MRIの異常信号は消失した。

季節性インフルエンザによる脳症では発熱から1日以内に発症するものが80%とされる1) が、本例では発症時期を特定することが困難である。痙攣は発熱から6日目だが、発熱後間もなく頭痛、嘔気を訴え解熱後にも近医を再受診している。

われわれは本症例を痙攣重積型のインフルエンザ脳症と診断したが、咽頭のウイルス量が少なく、インフルエンザと診断されるまで1カ月間を要した。単純ヘルペスウイルス、EBV、CMV、HIVによるウイルス性脳炎は髄液、血液の抗体、DNA検査でほぼ否定された。インフルエンザ脳症に対するメチルプレドニゾロン・パルス療法、免疫グロブリン大量療法、エダラボン療法は保険適応こそないものの、その効果について一定のコンセンサスが得られている2) 。オセルタミビルは脳症に対する効果は証明されておらず、本例でもこの知見に一致した3) 。

季節性インフルエンザによるインフルエンザ脳症は小児疾患として取り上げられるが、我々は成人にも幻覚、情動障害など中枢神経障害は一定の割合で出現するものと認識している4) 。スウェーデンからの報告5) では1987〜1998年まで国内で発生した21例のインフルエンザ脳症のうち小児は6例に過ぎなかったとされる。新型インフルエンザA(H1N1)pdmでは2009年11月24日までに国内で277例の脳症が報告され、この中には20歳以上の成人が11例含まれており、成人にも発症リスクがあると考えられる。

いたずらに不安をあおることは慎むべきだが、本例から推し量られることとして、健常とみられる成人にもインフルエンザ脳症の危険性があること、早期にオセルタミビルを内服しても発症することがあげられる。ワクチン接種など予防が最も重要であることに議論の余地はない。またインフルエンザ脳症ではジクロフェナクナトリウムなど非ステロイド性抗炎症薬の使用が発症リスク因子である。インフルエンザ流行時の解熱剤投与は成人においても慎重であるべきと考える。

 参考文献
1)厚生労働科学研究補助金(新興・再興感染症研究事業)総合研究報告書 2003,インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎、脳症の疫学および病態に関する研究
2)インフルエンザ脳症ガイドライン(改訂版)平成21年9月厚生労働省インフルエンザ脳症研究班
3)横田俊平,小児内科 Vol.36, No.12, 2004-12
4)坂部茂俊, 日本内科学会第 193回東海地方会, 131番, 2004
5) Hjalmarsson A, et al ., Eur Neurol 61: 289-294, 2009

山田赤十字病院内科 坂部茂俊 井谷英敏 谷口正益 辻 幸太
市立伊勢総合病院神経内科 松本勝久

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る