新型インフルエンザ(A/H1N1pdm)オセルタミビル耐性株(H275Y)の国内発生状況 [第1報]
(Vol. 31 p. 49-53: 2010年2月号)

要 約
2009年4月中旬に、これまでのA/H1N1株とは全く抗原性の異なるブタ由来のA/H1N1新型インフルエンザウイルス(A/H1N1pdm)がメキシコ・北米を中心に発生し、その後、日本を含む世界各国に広がった。同年6月には、日本・香港・デンマークでオセルタミビル耐性のA/H1N1pdm株が検出され、その後、国内では22例が報告されている(2009年12月9日現在)。このうち、19例は予防投与または治療投与をうけており、薬剤の選択圧によって耐性株が発生したと考えられた。2例は、薬剤投与なしの事例で、耐性株がヒトからヒトへ感染したと考えられた(1例は薬剤服用履歴不明)。これらの耐性株はザナミビルに対しては感受性を保持しており、また、抗原的には今期新型ワクチン株に類似していた。国内外においては、これら耐性株が広範囲に広がっている事例は今のところ報告されていない。しかし、英国・米国では耐性株の院内感染が報告されていることから、今後も新型A/H1N1pdm耐性株の発生動向に注意が必要である。

はじめに
2009年の4月中旬からブタ由来のA/H1N1新型インフルエンザが北米およびメキシコで発生し、6月11日にはWHOからパンデミック宣言に相当する警戒レベルのフェーズ6が出された。日本国内においては、5月以降各地でA/H1N1pdmが検出され、8月中旬には夏季にもかかわらずインフルエンザの流行期に入り、現在は分離株の約99%がA/H1N1pdm株となっている。A/H1N1pdm株は、M2阻害薬のアマンタジンに耐性であることが知られており、このため、新型インフルエンザの予防および治療にはNA阻害薬であるオセルタミビルおよびザナミビルが使用されている (1)。

これまでの調査によると、世界各国で分離されているA/H1N1pdm株のほとんどの株は、オセルタミビルおよびザナミビルに対して感受性がある (2)。一方、2009年6月に、日本・香港・デンマークで、オセルタミビル耐性のA/H1N1pdm株が検出されて以来、各国で散発的に耐性株が検出されている。いずれもノイラミニダーゼ(NA)蛋白の275番目のアミノ酸がヒスチジンからチロシン(H275Y)に変化しており、オセルタミビルに対して耐性となっている。WHOの報告によると、2009年10月22日までに全世界で39例の耐性株が検出されており、このうち16例は、オセルタミビルの治療投与を受けた患者から分離され、13例は予防投与を受けていた (1)(3例は未服用、7例は不明)。このことは、薬剤の服用によって耐性株の発生リスクが高くなることを示唆している。これらの耐性株のほとんどは、散発的な発生にとどまっているが、最近、英国および米国において耐性株による院内感染が起こり (4)、日本でも小規模ながら病院内でヒト−ヒト感染疑い例が報告され、限局的ながらヒト−ヒト感染が見られている。

わが国は、全世界のオセルタミビル生産量の70%以上を使用しており、世界最大の使用国であるため、A/H1N1pdm耐性株が最も発生しやすい環境にあるといえる。このため、国内における耐性株の発生状況や、その感染拡大の有無を迅速に把握し、適宜情報を共有することは公衆衛生上極めて重要である。このような背景から、国立感染症研究所(感染研)は地方衛生研究所(地研)と共同で、2009年5月以降に採取されたA/H1N1pdm耐性株発生状況に対する調査を実施した。本稿は、2009年12月9日現在までに性状解析が完了したウイルスについてまとめた中間報告である。

1. 国内の耐性株検出状況
各地研から寄せられた耐性株の検出状況を地研別(表1)および地域別(図1)に示した。耐性株は、主にNA遺伝子の部分塩基配列を解析し、耐性遺伝子マーカーH275Yの有無により同定を行った。一部の株に関しては薬剤感受性試験により同定を行った。この結果、総解析数1,403株中22株の耐性株が検出され、発生頻度は1.6%であった。しかしながら、今回の解析株には、薬剤投与後に検体採取された株も多数含まれ、また、臨床的に薬剤耐性が疑われたケースを優先して解析している例もあり、検体のサンプリングにはある程度のバイアスがかかっている。このため、実際の発生頻度よりも少し高い数値である可能性がある。米国など海外における耐性株の発生頻度は0.8%(3)であることから、国内における市中流行株のA/H1N1pdm耐性株の発生頻度もおそらく同程度と考えられる。さらに、これら耐性株は、時期的にも地理的にも散在して検出されたことから、散発的な発生であると考えられた。

国内で分離された22例のA/H1N1pdm耐性株のうち、13例は治療投薬を受けた患者から、7例は予防投薬を受けた患者から分離されており、薬剤の選択圧によって散発的に耐性株が発生したと考えられた(図1)。一方、札幌市と大分県の2例に関しては、薬剤の服用履歴がなく、耐性株のヒト−ヒト感染が疑われた。また新潟県の2例(A/Niigata(新潟)/1233/2009pdmおよびA/Niigata(新潟)/1234/2009pdm)は、薬剤服用後に検体採取されたサンプルであるが、同じ病室内の患者から同時期に検出されており、ヒト−ヒト感染が強く疑われた事例である。

22株のうち2株(A/Niigata(新潟)/1459/2009pdmおよびA/Shimane(島根)/1062/2009pdm)は耐性株と感受性株の混合サンプル(275H/Y)であり、薬剤服用中に患者の体内で耐性株が発生する過程の検体と考えられる。

2. NAI薬剤感受性試験
現時点までに感染研に送付された国内耐性株について、合成基質を用いた化学発光法により、オセルタミビルおよびザナミビルに対する薬剤感受性試験を行った。この結果、解析したオセルタミビル耐性株は、感受性株に比べて200倍以上も高いIC50値を示し、オセルタミビルに対する感受性が著しく低下していた。これらのIC50値は、同じ耐性マーカーをもつ季節性A/H1N1耐性株と比べ大きな違いはなかった。また、これらのオセルタミビル耐性株は、ザナミビルに対しては感受性を保持していた。

3. 抗原性解析
国内で分離されたA/H1N1pdm耐性株について、ワクチン株のA/California/7/2009pdmおよび国内初の分離株であるA/Narita(成田)/1/2009pdmに対する抗原性を比較した。抗原性解析は、フェレット感染抗血清と0.5%七面鳥血球を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験により行った。この結果、解析したすべての耐性株は、A/California/7/2009pdmおよびA/Narita(成田)/1/2009pdmに対して4倍以内の抗原変異に収まっており、抗原性はワクチン株に類似していた(表2)。このことから今期の新型ワクチンは、A/H1N1pdmオセルタミビル耐性株にも有効であることが期待される。

4.遺伝子解析
新型A/H1N1pdmウイルスのNA遺伝子系統樹解析を行った結果、国内で分離されたすべてのA/H1N1pdm耐性株はA/California/7/2009pdm株が入る同一のグループに分類され、耐性株および感受性株はともに遺伝的に均一であることが示された(図2)。6月以降に分離されたA/H1N1pdm株はV106IおよびN248Dの共通の置換を持ち、多くの耐性株はこのグループに分類された。これらの耐性株のNA遺伝子は、季節性A/H1N1耐性株のNA遺伝子とは塩基配列が明らかに異なっており、オセルタミビル耐性となっている季節性A/H1N1株とのNA遺伝子の交雑によって発生した耐性株ではないことがわかった。

おわりに
現在、国内外で流行しているA/H1N1pdm株の大半はオセルタミビルおよびザナミビルに対して感受性であるが、A/H1N1pdm耐性株も各国で散見されており、国内では既に22例のオセルタミビル耐性株が確認されている。国内耐性株に対する我々の調査の結果、これらの耐性株はザナミビルに対しては感受性を保持しており、また、今期ワクチン株と抗原的に良く似ていることから、今期ワクチン株はこれらの耐性株に対して有効であると考えられる。

A/H1N1pdm耐性株の発生状況は、ここ2シーズンに流行した季節性A/H1N1耐性株の発生状況とは大きく異なっている。2シーズン前からヨーロッパ諸国を中心に流行した季節性A/H1N1耐性株は、半年で世界中に広がり、昨シーズンにはわが国でも分離株のほぼ100%が耐性株となった(5)。これらの耐性株の多くは、薬剤を服用していない患者から分離されており、通常のインフルエンザと同様の感染力を保持したまま急速に全世界に広まった (6)。一方、今回のA/H1N1pdm耐性株は、その多くが薬剤の治療投与または予防投与中に見つかっており、薬剤の選択圧によって発生したと考えられている。季節性A/H1N1耐性株とは異なり、これらの耐性株はヒト−ヒト間で効率よく伝播する性質をまだ獲得していない。しかし、日本における新潟県のケースや、英国や米国での院内感染のように、限局的にはヒト−ヒト感染が強く疑われるケースが確認されていることから、今後のウイルスの変化に注意した監視が必要である (2)。

新型A/H1N1pdm耐性株の発生リスクは薬剤の服用により高まることがわかっているため、特に、感染者との濃厚接触者への予防投与や、免疫機能が低下している患者への治療投与の際には十分な注意が必要である。実際、WHOが報告した耐性株39例のうち13例は予防投与であり(国内でも7例が予防投薬)、治療投与16例のうち7例は免疫機能が低下した患者から分離されている。予防投薬に関しては、通常の半量しか投与しないため、この服用条件が耐性株の発生を促す可能性も指摘されており、WHOでは予防投与は推奨しないとしている (1)。また、免疫力の低下した患者は、薬剤服用中でも体内のウイルスが減りにくく、薬剤の選択圧を受けやすいことから、耐性株が発生しやすい環境であることが知られている。これに加えて、米国・英国での院内感染は免疫機能が低下している患者間で広がったことから、耐性株が発生しやすいだけでなく、ヒト−ヒト感染も成立しやすいようである。これらのことから薬剤投与時には、投与量と服用期間に注意し、臨床的に効果が得られない場合にはザナミビルに変更するなどの処置が必要である。

薬剤の選択圧による耐性株の発生とは異なるメカニズムとして、遺伝子交雑による耐性獲得にも注意が必要である。薬剤耐性の季節性A/H1N1株は、新型インフルエンザの発生後も中国やエジプトでは少ないながらもまだ同時流行しており、季節性A/H1N1耐性株とA/H1N1pdmとの間で遺伝子交雑が起これば、感染伝播力をもった新型A/H1N1pdm耐性株が発生する可能性がある。この点にも注意したサーベイランスが必要である。

1) WHO. http://www.who.int/wer/2009/wer8444/en/index.html (オセルタミビル耐性新型インフルエンザウイルス)
2) Garten RJ et al ., Science. 2009. 325(5937): p197-201.(新型インフルエンザウイルスA/H1N1pdmの抗原性と遺伝的性状について)
3) CDC. http://www.cdc.gov/flu/weekly/ (2009-2010インフルエンザシーズンの週間報告、49週、12月12日付け)
4) WHO. http://www.who.int/csr/disease/swineflu/notes/briefing_20091202/en/index.html(英国・米国で起こった耐性株の院内感染)
5) IASR 30: 101-106, 2009 (2008/09インフルエンザシーズンにおけるインフルエンザ(A/H1N1)オセルタミビル耐性株(H275Y*)の国内発生状況 [第2報])
6)http://www.who.int/csr/disease/influenza/oseltamivir_faqs/en/index.html (H275Y耐性株に関するFAQ)

国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター第1室
(独)製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部生物遺伝資源情報部門
地方衛生研究所

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