病原体検出情報システムの現状と問題点
(Vol. 31 p. 75-76: 2010年3月号)

はじめに
1989年2月3日の第2回公衆衛生情報研究協議会において病原体情報収集還元システムのオンライン化について発表をして以来、構想5年、試行3年を経て、国の補正予算により1997年1月から「厚生労働行政総合情報システム(WISH)」の個別システムとして「感染症検査情報オンラインシステム」の運用を開始した。その後1999年4月の感染症法施行を踏まえ、2000年1月に大きくバージョンアップし、さらに2006年5月には「感染症発生動向調査システム」とともに「感染症サーベイランスシステム(NESID )」のサブシステム「病原体検出情報システム」として生まれ変わり、所期の目的であったセントラルデータベースによる情報の迅速な報告と還元利用が実現し、インターネットで公表される図表も毎日最新データに更新することが可能となった。しかし、まだ多くの不具合を含む問題点があり、システム改善が必要と考える。

病原体検出情報システムの概要
1.病原体個票:検体提供者ごとに番号付けを行い、検出された病原体ごとに検体提供者の年齢、性別、発病年月日などの基本項目、臨床症状、検査材料、検出方法、疫学的事項などの情報を随時入力する。2000〜2008年では年間にウイルス・リケッチア・クラミジアが12,400〜18,500件、細菌・原虫・寄生虫が2,800〜4,000件報告されている。2009年にはパンデミックインフルエンザA(H1N1)2009 の影響によりウイルスの報告が41,200件に大きく増加している。

2.集団発生病原体票:食中毒を含む胃腸炎集団発生などの事例ごとに番号付けを行い、検出された病原体ごとに事例の概要(推定伝播経路、発生期間、推定感染場所、患者数など)を随時入力する。2000〜2009年では年間にウイルスが300〜1,300件、細菌が200〜400件報告されている。

3.ヒト以外からの病原体検出票:食品、環境、動物から検出された病原体を月次で入力する。

4.病原菌検出報告(3A:地研・保健所):散発例、集団発生例を含む病原菌別検出数および輸入例からの検出数内訳を月次で入力する。

5.報告データの確認:データベースに登録されたデータを翌日の夕方に国立感染症研究所・病原微生物検出情報事務局で1件ずつ個票印刷して内容確認の上、「公開」にステータスを変更する。「公開」データはNESID内で速報閲覧可能になり、集計表に計上される。問い合わせが必要な場合は、ステータスを「保留」にし、地研に確認後公開する。

6.定型帳票:夜間バッチで「公開」データを元に定型帳票の図表が作成される。翌朝、作成された定型帳票を事務局で確認後インターネットに公開する。この作業により平日の毎日、最新データが公開される。

病原体検出情報システムの問題点
1.地方衛生研究所側でデータ入力中、あるいは入力後確認中のデータを「保留」にできない:現状では事務局での運用上、当日入力されたデータは確認せず、1日空けて翌日事務局で確認して「公開」にし対応している。そのため、NESID 内での公開が1日遅れ、インターネットでの図表の公開は2日遅くなる。

2.感染症発生動向調査システムとの連携機能がほとんど使われていない:保健所が患者届出のデータを入力する際に付ける管理番号が患者の検体が送付された地研に伝達されていないと思われる。その他の検体提供者の情報も保健所から十分得られていない地研が多い。検査担当者に患者の臨床情報を伝えることの重要性を周知する必要がある。地研の入力担当者の作業負担の軽減と病原体検出情報システムのデータをもっと対策に生かすために感染症発生動向調査システムのデータとの連携機能を強化する必要がある。

3.データ入力に長時間を要する:NESID全体の問題であるが、総合行政ネットワーク(LGWAN)経由でのアクセスが集中する時間帯にはレスポンスが非常に遅くなる。検査担当者が入力している地研が多いので、流行時には多数の検体について検査を行っているため、検査業務が終わってから勤務時間外にデータを入力している。

病原体検出情報システムの検討課題
病原体検出報告について法律上の義務はなく、検査結果が報告されない場合もある。自治体間での報告のばらつきを少なくするために、感染症法に基づく報告の範囲を明確にするため、関係者が協議して合意の上、明文化される必要がある。

集団発生事例についての情報が保健所から十分得られない地研が多い。また、他の自治体で発生した事例の依頼検査の場合も、他の自治体からその事例についての情報が得られないことが多い。

地研担当者の異動が多く、年度の変わり目でシステムへのデータ入力が途絶える場合がみられる。検査担当者の業務引継ぎの際、システムについての引継ぎも円滑に行われるよう、考慮いただく必要がある。

システム改善の予算が足りない。衛生微生物技術協議会検査情報委員会においても地研からシステム改善の要望がたくさん出されているが、病原体検出情報システムがNESIDのサブシステムとなったことから、NESID全体の限られた予算の中で、なかなか病原体検出情報システムの改善に予算が回ってこない状況にある。地研からの要望を認めてもらえるよう、システム改善の優先順位について公の場での議論が必要である。その議論をふまえ、システム改善のための予算獲得につなげることが必要である。

検出された病原体を報告するので、陽性例のみの情報であるため検出率は不明であり、統計的な解析には注意を要する。そのため、公開されたデータについて不適切な解釈をされる場合がある。陰性例の情報収集はシステムへの過大な負荷、担当者の作業量が増大するので、システム全体の見直しが必要であり、昨今の国・自治体の予算・人員が削減されている状況では実現困難であるが、将来的な課題である。

まとめ
地研が地方感染症情報センターを担当して病原体検出情報システムと感染症発生動向調査システムの両方の情報を見ている自治体と、地方感染症情報センターでは感染症発生動向調査システムのみを担当し、地研が病原体検出情報システムのみを担当している自治体がある。感染症対策に情報を生かすためには、両方の情報を共有することが必要であり、ハード・ソフト両面でのさらなるシステム改善について自治体と国全体で共に検討する必要がある。

また、2009年に発生したパンデミックインフルエンザA(H1N1)2009によって、ウイルス検出報告数が急増し、毎日の作業量が従来の5〜10倍となり、地研の検査&情報担当、感染研の病原体情報担当の双方で毎日の情報処理が追いつかない状況が続いている。緊急時対応を迅速に行うためには、地研と感染研の情報処理を行うマンパワーの強化が最も必要である。

国立感染症研究所感染症情報センター病原微生物検出情報事務局

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