この中でインフルエンザ菌b型(Haemophilus influenzae type b, Hib)と肺炎球菌については、欧米には10〜20年の遅れをとってしまったが、最近になり、ようやくわが国でも予防のための結合型ワクチンが発売された。これらのワクチンが普及すれば、疾患の疫学は変化し、流行様式に変化が来ることは海外の状況からも予想されるが、わが国ではこれまでHibや肺炎球菌による侵襲性細菌感染症に特化した大規模な前方視的疫学調査結果はほとんどない。また、ワクチン普及前後で疾病負担の程度を比較し、わが国での予防接種導入による効果を評価することは是非とも必要である。本研究は、これらの事項を検討する目的で実施された。
2.研究組織と調査方法(表1)
本研究において報告対象とした患者は、生後0日〜15歳未満で、インフルエンザ菌、肺炎球菌、GBSによる侵襲性細菌感染症(血液、髄液、関節液など、本来は無菌環境である身体内部から採取した検体から起因菌が分離された感染症)に罹患した全例とした。罹患率の算出に関しては、諸外国での報告と比較検討できるように、5歳未満の小児を対象とした。実際、本調査で報告された患者の大多数は、5歳未満児であった。調査期間は、2007年1月〜2009年12月までの3年間とした。研究班が組織された初年度の調査は夏に開始されたため、初年度の2007年は一部後方視的調査となったが、次年度と最終年度は前方視的に全数把握調査を実施した。
調査対象地域は、初年度は1道8県、次年度と最終年度調査には沖縄県も加わり1道9県となった。調査地域の選定基準は、県下の小児入院患者に関する情報を漏らさず把握できることと、地域的な偏りがなく全国に分散するようにした。これらの地域で、人口ベースの患者発生状況調査(県下患者数全数把握)を行った。病原体診断の精度を高めるために、菌の同定・血清型判定と薬剤感受性解析は、国立感染症研究所で実施した。なお、北海道地域についてはすでに独自の体制で調査が始められていたこともあり、報告対象疾患は細菌性髄膜炎のみとし、菌株の解析は北里生命科学研究所生方公子教授が担当された。
3.調査結果−2010年2月時点での中間報告
現在、解析の最終段階であり、中間報告として2010年2月時点での暫定値を記載する。一部は後方視的調査となった初年度の2007年1月〜12月に報告された患者数は、Hib髄膜炎64例、Hib非髄膜炎13例、肺炎球菌髄膜炎28例、肺炎球菌非髄膜炎59例、GBS髄膜炎10例、GBS非髄膜炎4例であった。すべての患者を前方視的に登録した次年度(2008年)と最終年度(2009年)の集計結果は、それぞれHib髄膜炎100例、91例、Hib非髄膜炎38例、55例、肺炎球菌髄膜炎35例、32例、肺炎球菌非髄膜炎191例、213例、GBS髄膜炎13例、17例、GBS非髄膜炎14例、15例であった。
2年目からは調査地域として沖縄が加わり、調査対象人口母数が増えたわけであるが、対象人口の拡大比率よりも患者報告数は増加した。この理由は、年間を通じての前方視的調査の継続と、調査地域における本研究の認知度が高まったことにより、初年度よりも漏れなく患者が報告されるようになったためと考えられた。また、血液培養が奨励され、非髄膜炎(occult bacteremiaを含む)の報告数が著明に増加したことも一因であろう。
上記の報告数より、5歳未満人口における各疾患の罹患率を計算すると、表2のようになる。また、初年度はわが国の5歳未満人口の21.1%、次年度と最終年度は22.6%をカバーした調査であり、研究班での患者報告数から日本全国で毎年発症している小児期侵襲性感染症の患者数を推計すると表3のように算出された。
4.おわりに
Hibと肺炎球菌は、小児期における侵襲性感染症の起因菌として頻度が高い。細菌性髄膜炎はその代表的な疾患であり、現在国内においては毎年Hibによる髄膜炎が400数十例、肺炎球菌による髄膜炎が150例程度発症していると推計される。さらには、抗菌薬投与前の血液培養採取など病因診断に心がければ、髄膜炎以外に毎年、Hibでは300例近く、肺炎球菌では1,000例以上の子どもたちが、これら細菌の脅威に曝されている。ワクチンの普及に努め、予防に努めることが何よりも大切である。
また本研究班では、報告された患者の予後調査、季節別の発生状況なども解析中である。最終年度の時点でHibワクチンの接種本数(推定)と1歳未満人口から計算すると、各地域のHibワクチンカバー率は2010年1月時点で5〜10%という結果である。今後のワクチン普及による疫学状況の変化については継続して検討する予定である。
国立病院機構三重病院 神谷 齊 中野貴司